紡いできた等身大の言葉たちが、前へと進む力になる――伊藤美来『Rhythmic Flavor』インタビュー②

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公開日:2020/12/20

伊藤美来

 声優・伊藤美来の、3枚目となるフルアルバム『Rhythmic Flavor』(12月23日リリース)。楽しくて、何度でも聴きたくなって、日常を鮮やかに彩ってくれる楽曲が詰まった、素晴らしい1枚である。以前伊藤美来は、自身の音楽活動について、「とにかく人を幸せにしたいし、背中を押したい」と語っていた。「多幸感」と「リズムが楽しい楽曲」をテーマにした『Rhythmic Flavor』は、まさに聴き手を幸せにするし、心を浮き立たせてくれるアルバムになっている。2020年は、残念ながら伊藤美来とオーディエンスが同じ空間で音楽を共有することは多くはなかったけれど、『Rhythmic Flavor』は、その空白の時間を吹き飛ばすような快作である。ぜひ多くの人に聴いてほしい、と思う。

 今回は、『Rhythmic Flavor』の制作過程に迫るとともに、これまでの音楽活動の歩みや、表現者としての彼女の現在地をお伝えするべく、3本立てのロング・インタビューを実施。第2回は、3枚のアルバムにおいて本人が書いてきた歌詞に焦点を当てつつ、等身大に綴る言葉に託されてきた想いを探っていく。

(1stアルバムの“あお信号”は)「これからどうなっていくんだろう? でも、みんなが見つけてくれたから、わたしはここにいます。ありがとう」みたいな気持ちを、ピュアに伝えたかった歌詞

──ここまで伊藤美来名義で4年間音楽活動を続けてきて、歌や音楽は何を与えてくれるものだと感じてますか?

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伊藤:わたし自身は、音楽活動は挑戦だと思っています。知らないことが、まだまだいっぱいあります。1曲1曲をレコーディングするたびに、自分が前に進んでいる感じがします。毎回、乗り越えないといけない壁、課題のようなものがあって、それをひとつずつ、時間をかけながら、ときに流れに身を任せながら乗り越えていく。だから、わたしの中では、音楽活動は挑戦です。

──楽しいこともあるけど、楽ではないということですよね。

伊藤:そうですね。「こういう歌が歌えるんだ、楽しみ!」「これはどうやってライブで歌おう?」というのは楽しみでもあるんですけど、実際にそれをやるとなったときの苦労は、ずっとついて回っています。「これまで歌ったことのないリズムがこの曲には入っています。このリズムを、しっかり取れるように歌っていきましょう」「今回はこの歌詞に深い意味があるので、この歌詞の意味をひもときながら、それを伝えられるような歌い方にしましょう」だったり。楽曲ひとつひとつに目標があってそれを乗り越える感じです。

──音楽活動をする前はひとりのリスナーだったわけですけど、音楽のいち聴き手としては、歌や音楽からどんなことを受け取ってきたんですか。

伊藤:曲によっていろいろ、です。でも、わたしが受け取りたいといつも思っていたのは、音楽だけでなく映画とかもそうですけど、ハッピーなものを好む傾向があって。だから、悲しいときに悲しい曲を聴く人、ではないです。悲しいときにはハッピーな曲が聴きたい人、ですね。聴く側として受け取ってきたのは……元気、勇気というイメージでした。どちらかというと、共感したいというよりは、その曲の雰囲気を受け取りたくて音楽を聴いていたので、自分に照らし合わせるように曲を聴いてなかったかもしれないです。

──で、聴いてきた楽曲の大多数が、ハッピーにさせてくれる曲だった、と。

伊藤:そうですね。聴くと癒されたり、楽しくなれたり、イヤなことを忘れられたり、そういうことが多かったと思います。

──なるほど。ちなみに、今回もそうですけど、3枚アルバムを作ってきて、それぞれ本人作詞曲が入ってるじゃないですか。歌詞について聞いていきたいんですけど、1stアルバム収録の“あお信号”は、19歳、20歳くらいの頃に書いてる曲で――最新アルバムの“いつかきっと”の話を聞いていても、歌詞にめちゃくちゃ気持ちが出る人なんだな、という印象が(笑)。

伊藤:ははは。恥ずかしい(笑)。

──今読むと、“あお信号”は戸惑いが出ている歌詞だなって思ったんですけども。

伊藤:わたしも、今回歌詞を書くにあたって見直しましたけど、「えっ、大丈夫? 揺れ動いてるけど?」って思いました(笑)。

──(笑)前に進みたいと思っているんだけど、戸惑いが勝っちゃってる感じがしますね。だけど前に進みたいと思っているから青信号なんだ、という。

伊藤:そうです。「みんながいるから行けるはず!」みたいな感じの曲ですね。当時は、最初のアルバムだったし、やっぱり不安はあったんだと思います。歌詞も、どう書いたらいいかわからなかったし。

──わからない中で、なんで歌詞を書こうと思ったんですか。

伊藤:ずっと、興味はあったんです。ブログを書いたり、文字を書くのは好きだったので。だから、「やってみたいなあ」とは言ってたんですが、それを汲んでいただいて、「じゃあ、今回のアルバムでやってみましょう」「伊藤さんが書きたいもの、伝えたいことを自由に書いてください」と言っていただいて、歌詞が先で曲をつけていただきました。“あお信号”は、わたしが当時考えていたこと、伝えたかったこと、「こうしていきたいんだ」「こうなったらいいな」「わたしが見てる景色はこうですよ」って、ストレートに描いた歌詞です。

──ちなみに、“あお信号”が収録された1stアルバムの『水彩~aquaveil~』は、アルバム全体のテーマが「色」だったじゃないですか。今現在のご自身は、どんな色をしていると思いますか。

伊藤:色! そうですね、何色なんだろう……最近、全然考えてなかったです(笑)。『水彩~aquaveil~』のときは、その質問をたくさんしてもらった思い出はあるけど(笑)。

──でしょうね(笑)。逆に、今聞かれることはないだろうと思って、聞いてます。

伊藤:ははは。何色だろう? けっこう、いろんな色をやらせてもらってきてると思うんですけど、そうだなあ……淡い色、かな? いろんな色が混ざった色であれ。何にでも染まればいいじゃん! って(笑)。

──『水彩~aquaveil~』の頃はなんて答えてたんですか?

伊藤:白って言ってたかもしれないです。「まだ何にも染まっていません。これからいろいろな曲に挑戦していきたいです」って……変わってないですね (笑)。でも、変わらず、いろんな色になりたいと思っています。白じゃなくて、混ざってますね。“あお信号”は、楽曲的にもちょっと寒さも感じる曲で、自分自身も歌詞を書きながらいろんなことを考えていました。「これからどうなっていくんだろう? でも、みんなが見つけてくれたから、わたしはここにいます。ありがとう」みたいな気持ちを、ピュアに伝えたかったんだと思います。

──“あお信号”のときから、何かがこの先にある、誰かがいる、ということは感じていて、その人たちの姿や顔がどんどん見えていったのが、ここまでの4年間なんじゃないですか。

伊藤:そうですね。漠然とした感じではなく、ほんとにみんながいるんだなって思えました。

伊藤美来

(伊藤美来の音楽は)明日が、ちょっと、いい日になる、曲たち

──続いて振り返っていくと、2ndアルバムに入っている“all yours”は、“あお信号”の戸惑いとは正反対の想いを感じられるんですよ。ここでは《信じて私が ほら居場所になる》と宣言している。《君のとなりに詩(うた)を置くから》なんて、素晴らしい歌詞だなと思いますけど、“あお信号”を踏まえてこの曲を聴くと、とても味わいが深いですよね。

伊藤:そうですね。その順番で聴くと、わたしも成長できたかなあ、と思います。“all yours”は、作るにあたっていろんな要素がありました。当時やっていた『フレッシュはじめました』っていう自分の番組があって、そこのテーマソングになることと、観てくださっている皆さんと一緒に作り上げられる曲だから、クラップを入れたり。発売する時期も含めて、新しく何かを始める人への応援歌にできたらいいなって思いました。でも、わたしが新入社員や新入生の方の背中を押さなきゃいけないとなったときに、もう“あお信号”のようにプラプラした状態では押せないな、と思って(笑)。大変なときに聴く音楽は心のよりどころになるし、その曲がへなへなっとしてたら安心して寄り添えないから、自分の中にあるポジティブさを入れて、みんなが安心して飛び込んでこられる曲にしようと思って、この歌詞になりました。

──無理してひねり出した言葉たちではなく、ご自身の中のどこかにあった言葉が出てきて歌詞になった、ということですかね。

伊藤:その当時のわたしの願望が詰まっていた感じですね。「わたしが詩(うた)をここに置くから、それを受け取ってくれますように」「わたしがここにちゃんといるから、来てくれますように」みたいな気持ちです。そして、「わたしもここにちゃんといられるように頑張るから!」という気持ちもありました。聴く人たちにとってこういうアーティストでありたいな、という願望ですね。自信を持って、「わたしのところにおいでよ!」って言えたらいいな、と思うし、当時もその気持ちで書きましたけど、100%で「おいで!」ということはすごくパワーが要るから、やっぱり少し願望が入ってたんじゃないかな、と思います。

──“あお信号”“all yours”を、最新アルバムの“Good Song”と比べると、とても面白いですよね。4年間の音楽活動の歩みがわかりやすく伝わってくる気がするんですけど、“Good Song”に至っては、めちゃくちゃスケールがデカくなっていて。

伊藤:スケールデカい(笑)。空飛ぼうとしてますから(笑)。

──(笑)《広い空を飛び回って もっと大きくなるの/私だけのSong 歌える世界》。《私だけのSong》あたりは、すごく印象的でした。

伊藤:“Good Song”は、自分の決意表明みたいな感じで書きたいな、と思っていました。「自分はこうなっていくよ、こうしたいよ」を書こうと思っていて。これからも成長していって、わたしにしか歌えない歌を歌いたい、とか。歌詞にはSongと書いているけど、お芝居だったり、表現ができる世界を自分なりに見つけていきたいという気持ちが入っています。

──今の自分ではない、背伸びしたもの、という感覚ではないですよね。

伊藤:はい。「こうでありたい」と思ってるけど、こうでありたい自分は等身大、みたいな感じです。

──“あお信号”から“Good Song”に至るまで、どの段階でも無理してないし、ちゃんと等身大が歌詞の中に描かれている感じがします。

伊藤:そうですね。あまり無理しないことは、歌詞を書くときに常に考えています。世の中には、カッコいい言い回しもいっぱいあるけど、わたし自身は簡単な言葉を使おうといつも思っていて。飾らない、素朴な言葉――小学生でもわかる言葉(笑)。自分には、飾った言葉があまり似合わないな、と思うんです。だから、ひねった言葉、難しい言葉は使わないようにしていて、わたしが書く歌詞の「らしさ」はそこかな、と思います。

──人によっては、自分の考えてることをそこまでアウトプットしたくない人もいたりするじゃないですか。だけど、自分の言葉でちゃんと発信したい。だから、3枚のアルバムで必ず作詞をしてるんですよね。

伊藤:そうですね。「伝えたい」という気持ちはあるんだろうな、と思います――他人事みたいに言っちゃいましたけど(笑)。うん、その気持ちはあります。歌詞を書くんだったら、受け取ってくれる人が背中を押されたり、勇気を受け取ったりしてくれたらいいなって思います。

──以前、「伊藤美来の音楽を言語化してみてください」って尋ねたことがあるんですが、改めて3枚のアルバムを聴いて、「心をふわっとさせる音楽だな」と感じたんです。ものすごくテンションを爆上げにするわけではなく、しんみりもさせないけれども、どの曲にもポジティブなマインドが入っていて、前向きにさせてくれる。改めて、伊藤美来の音楽とは?

伊藤:なんだろうなあ……リアル感は、常にあると思います。リアルと……でも、幸せも入ってくるのかな。それこそおっしゃっていただいたように、ふわって落ち着けるような曲たち、です!

──なんか、癒しとはまた違う感じがするんですよね。

伊藤:そうなんですよね。「癒されたあ!」というよりは、「明日も頑張ろっ」みたいな感じです。聴いていたら、明日ちょっと頑張ろうって思える曲たち、ですね。聴いたら次の日もちょっと頑張れる、ちょっといい日かなって思える曲たち。明日が、ちょっと、いい日になる、曲たち。

──最高じゃないですか。音楽聴いて、そんな感じになれたら最高ですよ。

伊藤:そうなったらいいな、と思います。そうであれ!(笑)。

第3回は12月22日配信予定です。

伊藤美来『Rhythmic Flavor』インタビュー 第1回はこちら

取材・文=清水大輔  写真=北島明(SPUTNIK)
スタイリング=川端マイ子 ヘアメイク=武田沙織
衣装=タンクトップ、パンツ、靴RANDA(問合せ06-6451-1248)、ショートダウンコートfactor=(問合せ03-3479-8747)