「揺らいだままでいい」。抗って、葛藤を重ねた末につかんだ、確かな答え――田所あずさ『Waver』インタビュー

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公開日:2021/1/26

田所あずさ

 声優・田所あずさが、4枚目のオリジナルアルバム『Waver』(1月27日発売)をリリースする。今回は、田所自身による「セルフプロデュース」の1枚で、制作には実に1年以上の時間を費やされている。だがそもそも、なぜセルフプロデュースでアルバムを作ることになったのか。それが、『Waver』の背景を知る上で最重要のトピックだった。振り返ると、2014年にスタートした田所あずさの音楽活動は決して平坦な道のりではない。2016年の2ndアルバム『It’s my CUE.』、3rdアルバム『So What?』と、音楽性がいわゆるロックへと舵を切られていった背景には、田所自身が感じていた「違和感」があった。「自分は本当にこれでいいのか」「本当にやりたいことは何なのか」と、自身の現状への反発を力にしながら、彼女は前に進んできたのだ。『Waver』では、その反発の歴史に対して、ひとつの答えが示されている。胸を張ってこれからも揺らぎつづけていっていい――自らのあり方を肯定し、表現者として進むべき道を見つけた田所あずさの言葉は今、とても頼もしい。アルバム完成直後の充実感を漂わせながら、『Waver』について語ってくれた。以下、YouTubeで公開しているインタビュー動画とあわせて読んでいただきたい。

正解がないものは悩み続けるしかないし、複雑なまま抱えていかないといけない

――4枚目のアルバム『Waver』、とても充実したアルバムだと思いますし、それは何より作った本人がそう感じているんじゃないかと思います。まずは制作を終えての手応えを教えてください。

田所:もう、皆さんが思っているより、もっとセルフプロデュースしているアルバムで。何度も悩み、喜び、泣き……(笑)、一曲一曲作っていきました。妥協せず、こだわって、人と向き合いながら、1年以上かけて作ったアルバムです。もう、ずーっと作っていたし、長くやってきた分思いもひとしおです。マスタリングを終えて全曲通して聴いてみたときに、「すごいものができたな」って思ったし、もしうまく人に届かなかったとしても、自分の中では満足のいくものになりました。こうして無事、ひとつの作品にまとまったことの喜びはすごかったです。

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――今までのアルバムと比べて、達成感、やり切った感は違いましたか?

田所:全然違いました。「知らないこともいっぱいあるんだな」って思いました。今まで、わたしの作業はレコーディングで終わってたんですけど、今回はTD(トラックダウン)にお邪魔したし、デモの段階で「曲のここをもうちょっとこうしたい」とか、歌詞もまず内容を考えて、ちょっとイメージと違ったら返していったり、ほんとに細かくやりました。アルバムをどうやって作っていくのか、今まで知らなかったことを知る機会になりましたね。「こんなに大変なんだな」って。

――さっき「悩み、喜び、泣き……」って言ってたじゃないですか。悩むのはわかるし、喜ぶのもわかるんだけど、「泣く」ってどういうことですか(笑)。

田所:(笑)やっぱり、人にうまく伝わらなかったりとか、伝えたつもりでも行き違ってしまうことがあったり、あとは伝える勇気ですね。『言わない方がいいんじゃないか』『言わない方が穏便に進んでいくのかもしれないけど、ここで妥協するのはもっと失礼だ』とか。そういう葛藤があって……1年の間に、けっこう泣きましたね(笑)。

――実際、セルフプロデュースを打ち出す以上、自分が思ったことを飲み込むのは、あってはいけないことですもんね。そういう意味では、それをちゃんと全て実行できた、と。

田所:はい。自分が感じたことが本当に正しいのか、と迷うこともずっとあったので、『これでよかった』と断言するのは難しいことだけど、でも誠心誠意向き合えたかなって思います。

――3rdアルバム『So What?』をリリースしたのが2017年でしたが、今回のアルバムまで3年以上経っているんですよね。その間の音楽活動で、どんなことを感じていましたか。

田所:本当に自分がやりたいこと、自分のよさって何だろう、とか、いろいろ考えました。「本当に自分がやりたいこと」を出していいのか、とか。いろいろ悩んでました。

――それに対するひとつの答えが、セルフプロデュースだった。

田所:そうですね、答えのひとつが“ゆらぐ”ということでした。正解がないものは悩み続けるしかないし、複雑なまま抱えていかないといけないんだな、と思って。だから「胸を張ってこれからも揺らぎつづけていっていいんだ」と考えられるようになって、そこですごくすっきりしたんです。ずっと、「ほんとにこれでいいのか」って思い続けてきた人生だけど、「これでよかったんだ」と思えた部分があって。アルバムのコンセプトを考えるときに、改めてそれをはっきり言葉にできたのかな、と思います。

――セルフプロデュースに関して、その方法でアルバムを作ってみたいと考えた背景と、実際に実現するまでのプロセスを話してもらえますか。

田所:まず、レーベルの方に「アルバムを出そうか」って言っていただいたときに、ずっとわたしの音楽まわりをプロデュースしてくださっていた方が会社を辞めてしまっていて。そのときに「それなら、自分でやるしかないな」って思いました。今までの音楽活動や、わたしがどういうものが好きで、どうなりたいかを知っているのが自分しかいないので。だから、まずはコンセプトを自分で考えて、とにかくわかってもらいたかったので、マネージャーさんやレーベルの方との打ち合わせの時に、書きながら説明しました。「わたしはこういうアルバムを作りたいんです。それはなぜかといいますと……」みたいな感じでプレゼンをして、そうしたら「そんなに思いがあるんだったらセルフプロデュースで、全部新曲でやってみようか」と言っていただきました。

――最初の思考が大胆ですよね。プロデューサーが離れました、じゃあ自分でやるしかないっていう。

田所:(笑)そうですかね。

――他の人に任せるのではなく「じゃあ自分で」と切り替えたわけですよね。でも、「自分でやってみたい」っていう潜在的な欲求とかがないと、「セルフプロデュースでやってみよう」とは決断できなかったんじゃないかな、とも思うんですけど。

田所:それはあると思うし、ある意味「自分しかいないだろ」って思いました。自分のことは自分しか知らないし、今までの活動のことを知ってる人もいない。そう思ったときに、どう考えても自分しかいなかったんです、わたしの中で。で、やっぱり歌の活動もすごく大切だから、自分でやりたいって思ったんだと思います。

――プレゼンしたコンセプトは、最初の案が完成したアルバムに反映されているんですか。

田所:芯の部分はまったく変わっていないです。Waver、揺らぎをテーマにするところは一切変わっていなくて、わたしが日々感じたこと、揺らいだことをテーマに歌っていくという意味では、統一感のあるアルバムだと思います」

――「揺らぎ」をテーマにしてセルフプロデュースのアルバムを作ることで、どんなことが起きるイメージをしていたんでしょう。

田所:求められたりするものって、あるじゃないですか。ずっと、レーベルさんに「目標はなんだ」「将来的にどこに立ちたいのか」と聞かれたときに、まったく浮かばなくて。それはなんでだろうって考えたときに、わたしは別に大きいステージに立つことを目標にしていないし、そこに価値を感じているわけでもないんだなって感じて。お客さんに求められたものを歌うことも大事だし、とてもいいと思うけど、「自分が思ってないことを歌うこと」に疑問を持ってしまったんです。ファンの方々が求めるものも、それぞれ違うじゃないですか。全員に求められるものをやることは不可能だし、だったら自分が思ったことをやるしかないし、それが一番誠実だなって思います。日々生きて、人生を送ってきて、こういう気づきがあったんだって歌っていきたいし、それがわたしにとっては一番誠実なことでした。

――めちゃくちゃ言語化できてるじゃないですか。

田所:いやあ、苦労しました(笑)。

――今の話だと、アルバムの中でキャラクターを演じるのではなくて、どの曲も自分自身から生まれたものになるし、「田所あずさの実像」に近い歌を歌っていくことになると思うんですけど、それについてどう感じていましたか。ワクワクなのか、「やっとこれができる!」なのか、あるいは不安だったのか。

田所:「やっとこれができる!」と、めちゃめちゃ不安がありましたね。わたしはそれがいいと思ってやるわけだけど、やっぱりいろんなことを言われるので。「あなたがやりたいことと、求められていることは違うよ」「あなたが思ってる自分と、みんなが思ってる自分は違うよ」「誰もそれを願ってないよ」みたいな……そこで、なんだろう……。(インタビュー中断)

田所あずさ

揺らいで、いろいろ抵抗してきた自分でいられてよかった

――さっきの田所さんの反応って、話しながらいろんな気持ちが去来したからだと思うんですけど、あえて聞くと、どんなことを思い出したんですか。

田所:なんだろう、やっぱり、否定されてきたことかな。わたしとしては真剣に考えて提出したものを、若いから、女のくせに、あとは声優のくせに、みたいに否定されてきて……。

――なるほど。でもそこには同時に、「ちゃんと伝えられてないんじゃないか」「自分が発信してることに原因があるんじゃないか」とも思っていたのでは?

田所:そこは、めっちゃ頑張りました。頑張って伝えて、それでも伝わらないこともあって。でも、いろいろ伝えて、ついてきてくれる人もいて。そういう人たちとは、より深くつながれたような気がします。

――2ndアルバムは「わたしの番だ」、3rdアルバムは「だから何?」という意味を持つタイトルだったわけですけど、田所あずさ本人の本心とアルバムのメッセージは、実はちょっと違っていたのかな、と思っていて。つまり、かなり強がっているというか、自分を強く見せないといけない、みたいなところもあったんじゃないかな、と。

田所:そうですね。まさに以前言っていただいたように、反骨精神でずっとやってきて、「何かが違うんだ、何か違うのに、わかってもらいたいのに」と思ってました。それで、音楽性としてはロックとしてやってきて、ずっと抵抗してきて。そのロックでみんなもついてきてくれるようになって、新しい道が開けたような感じがしていました。ただ、大人になって、ふと立ち止まって考えたときに、自分の声質に合っている音楽はもしかしたら他にもあるんじゃないか、もっと自分の声を活かすような曲を歌ってみたい、と思うようになって。自分の思いをうまく整理できなかったり、「なんか違うんだ」って抵抗するような気持ちでやってきたのが、ロックだったのかな、と思います。

――実際、2ndも3rdも、かなりタイトルが大胆だと思うんですよ。でも、その大胆さは実はもとから持っているものなのかな、と。たとえばセルフプロデュースをどうやってやるのかわからないまま「自分がやるしかないんだ」って決心して、踏み込んでみる。で、その後不安になる。そして頑張る、みたいなサイクルがある。その繰り返しによって自分ができること、やりたいことは着実に増えていってるし、成長できてる実感も得られてるんじゃないですか。

田所:めちゃめちゃありますね。『Waver』を聞いていただいたら伝わると思うんですけど、だいぶ歌い方も変わってると思います。歌詞も大事に作っていただいてるし、楽曲にわたしも介入しているので、思いもひとしおですし。繊細な部分を意識して歌ったりしているので、表現の仕方も変わってきてるんじゃないかと思います。

――わりと、今までやってきたことが何も無駄になってない感じはありますよね。「違うんだ、こうじゃないんだ」って思ってやってきたことも、すべて今を支える力になっているというか。

田所:そうですね。自分でも、「今までの揺らいでいた自分でよかったんだ」って思えたのも、それと一緒だと思います。揺らいで、いろいろ抵抗してきた自分でいられてよかったです。

わたし自身は、今が一番ピュアだと思ってます

――いま、自分の歌を待っていてくれる人のことを、どのような存在として感じていますか。

田所:大切だからこそ、誠実にやりたいと思っていて。みんなが求めることだけをやるのが誠実だと、わたしにはどうしても思えないので、そういう意味でわたしはずっと揺らぎ続けて、日々思ったことを歌に、感じたことを歌にしていくことが、表現だと思っています。それを、みんなに届けたいですね。だから、もしかしたらわたしの音楽を聴いて「合わないな」って思う人もいるかもしれないけど、それはしょうがないかもしれないって。わたしとしては嘘偽りなく、自分の生きているさまを見せるのが、表現の届け方なのかなって思っています。

――今回の『Waver』だと、“ころあるこ。”の歌詞はかなりインパクトを持って伝わりそうですよね。冒頭に出てくる、《誰かが決めたピュアさとか/水戸の実家に捨ててきた》という歌詞は、だいぶパンチがありますけど。

田所:そうですね、柴田さん(柴田隆浩。忘れらんねえよ)の歌詞が、ほんとに面白くて(笑)。最初に打ち合わせをさせていただいて、柴田さんにいろいろお話をして歌詞を書いていただいたんですけど、めちゃくちゃ直接的で笑っちゃいました(笑)。でも、柴田さんの人柄のよさや、身ひとつでぶつかっていく感じが出ていて、わたしも書いた人の人柄が滲む歌詞が好きなので、いいなって思いました。

――「ピュアさを置いてきた」というフレーズは、音楽活動において特に重要だったのではないかな、と。

田所:これはピュアさ自体をテーマにした曲なんですけど、今までずっと「そのままでいて」「『ピュアのままでいて』って言われてきたんですね。でも、「ピュア」って、普段使われているのはもちろん褒め言葉でもあるけど、なんとなくちょっとおバカだったり、ものを知らなかったり、扱いやすい、自分にあまり害をなさない存在、みたいな使われ方もしていると思ったんです。そこでもわたしはいろいろものを考えてしまって、「ピュアじゃない」「すれた」って言われてしまうかもしれないけど、わたし自身は今が一番ピュアだと思ってます。むしろ、どんどんピュアになっていってると思っていて。少しのことで心が動いちゃったり、「ほんとにこれでいいのかな」「これで合ってるのかな」「このままでいいのかな」と考えることを、わたしはピュアだって思います。そのことを歌った歌です。

――“ころあるこ。”もそうだし、『Waver』の楽曲を収録していくことで、「やっぱり自分はこういう人なんだ」と見えてきた部分はありますか。

田所:もちろん、この曲を歌って見えてきた、というところもあるけど、見えてから曲にしていった感じはすごくあります。自分の中でちゃんと想いを言葉にして、一回形にしてからお願いしていったので。“ころあるこ。”に関しては、わたしの思いが一回柴田さんに入って、それを言葉にしていただいた感じがあります。それと、わたし自身は常に進化していきたいと思っていて。変化を嫌がる人もいたりしますけど、わたしは進化していきたいから、「みんなも一緒に変化していこうよ、怖がらないで」みたいな気持ちです。

――“いつか暮れた街の空に”では、作曲を担当してるんですね。この曲はもう、優しげなメロディで――。

田所:わっ、嬉しいです(笑)。

――(笑)“ころあるこ。”と“いつか暮れた街の空に”は、特に「田所あずさの人柄」が出ている曲なんじゃないかな、と思うんですけども。

田所:アルバムを作るにあたって、自分の思いを言葉にして、改めて一回自分の外に吐き出すことによって、自分の人物像を客観視できたところはあります。最近、「雰囲気変わったね」ってよく言われますし(笑)。たぶん、すごく変化したんだろうなって思います。

――今回のアルバムもそうだし、6年間の音楽活動でアルバムを4枚作ってきたからこそ、じゃないですかね。たとえば1stアルバムも、当時は自分がやりたいこととは違っていたかもしれないけど、今回セルフプロデュースのアルバムが作れたことで、大事な歴史として受け入れられるんじゃないですか。

田所:そうですね、やっぱり無知であることとか、わたしが「抵抗しよう」って思ったきっかけではありますから(笑)。

――(笑)そう考えると、面白い歩みですよね。ピュアだと言われ続けてきて、それに抵抗してきた結果、今ピュアになってるっていう。

田所:あはは! そうですね、今が一番ピュアです。

――ピュアであることを受け入れたとも言えると思うんですけど、実際ピュアになってみてどうですか。

田所:めっちゃ大変です(笑)。少しのことで心が動いちゃうし、悩んだり、疑問に思ったりするので、大変ですね。

――『Waver』は、言うまでもなく大事なアルバムになったと思うんですけど、このアルバムを携えて、今後表現者として何を目指していきたいですか。

田所:まだ出していないので、『Waver』を受け入れてもらえるかはわからないんですけど、わたしとしては作っているときに「生きてるな」って思ったし、「表現しているな」って思えました。だから、これから先もこうやってアルバムを作っていけたらいいなって思います。今はとにかく続けていけるように頑張ること、そして自分が思う表現を続けていくのが目標です」

――最後に、このアルバムを受け取ってくれる人にメッセージを送ってください。

田所:とにかく全身全霊をかけて、妥協せずにアルバムを作りました。いろいろ難しいことを言ったり書いたりしてますけど、そもそもほんとにいい曲ばっかりなので、それぞれの楽しみ方で聴いていただけたら嬉しいです。ぜひたくさん聴いてください!」

取材・文=清水大輔