最新刊は“自分なりの『屍人荘の殺人』”を書こうと… VR×本格ミステリについて、このミス作家・岡崎琢磨×伽古屋圭市が語る!

文芸・カルチャー

公開日:2021/8/7

Butterfly World
(左)岡崎琢磨(右)伽古屋圭市

 累計200万部を超えるベストセラー「珈琲店タレーランの事件簿」シリーズで知られる人気作家・岡崎琢磨さんが新刊『Butterfly World 最後の六日間』を刊行。本作はVR(仮想現実)の世界を舞台にした異色の本格ミステリ&青春小説だ。この刊行を記念して、同じくVRを題材にしたミステリー『断片のアリス』の著作がある作家・伽古屋圭市さんとの特別対談を公開!

(取材・文=橋富政彦)

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『Butterfly World 最後の六日間』(岡崎琢磨/双葉社)

(あらすじ)蝶の翅(はね)が生えた人型のアバター=バタフライが生息するVR空間〈バタフライワールド〉。現実世界で引きこもりのアキは、最低限の生命維持活動以外はこのバタフライワールドからログアウトせず、VR空間の住人として生きていた。そんなアキは決して現実世界に戻らないバタフライたちがいるという“館”の噂を聞きつける。その“紅招館”を訪問したアキは、自分も館の住人になりたいと願う。しかし、突然“紅招館”周辺一帯が隔絶されてアキと住人たちは閉じ込められてしまう。さらに住人のひとりが死体で発見されて――。

岡崎琢磨氏(以下、岡崎):今日はありがとうございます。今回の対談は僕が伽古屋さんとぜひお話をさせてほしいと熱望して実現したものなんです。伽古屋さんは「このミス大賞」の2年先輩で、かれこれもう長いお付き合いになりますね。

伽古屋圭市氏(以下、伽古屋):作家同士の飲み会なんかでも結構会ってますよね。割と気心が知れた仲というか、仲良くさせてもらっています。

岡崎:初めてお会いしたのは僕のデビュー直後で、一緒にふたりでお酒を飲みましたね。そのとき、当時の伽古屋さんの新刊『AR 推理バトル・ロワイヤル』にサインをいただきました。これは拡張現実を題材にしたミステリーで、当時から伽古屋さんは新しいテクノロジーを積極的にミステリーに取り入れていたんですよね。そして2018年3月にはVR空間を舞台にした『断片のアリス』を刊行されています。『Butterfly World 最後の六日間』(以下『BW』)もVRの世界を描いたミステリーなので、先行作品のひとつとして『断片のアリス』を読もうとしたんですが、担当編集者から「自由に書けなくなる部分が出てくるかもしれないから、先に読まないほうがいい」と言われてしまって。

伽古屋:そんなの気にしなくていいのに(笑)。

岡崎:それで書き上げてから読ませてもらったのですが、同じVRを題材にしていながら違ったアプローチをしていたり、予想以上に共通点があったりして、改めて伽古屋さんとお話しさせてもらいたいと思ったんですよ。

伽古屋:僕もすごいネタかぶりとかあったらどうしようかな、なんて思いながらゲラを読ませてもらったんだけれど、個人的には『断片のアリス』とは全然違うテイストの作品になっていると感じました。純粋な感想を一言でいえば「本当に面白かった」に尽きます。

 何よりすごいと思ったことは、VRを舞台にした本格ミステリーという枠組みとこの作品全体を貫くテーマが有機的にしっかりと組み上がっていることです。ネタバレにならないレベルでいうと、まず主人公のアキは、キャラクター設定として自分の容姿に強いコンプレックスをもっている女性です。彼女は世間にはびこるルッキズムに打ちのめされて引きこもっているという問題を抱えている。こうしたキャラクターの現実的な問題がVRという仮想現実の物語、謎解きと見事につながっているんですね。ここに同業者としても一読者としても非常に感心し、また感動を覚えました。それとすごくシンプルなんですよね。全体の構成や物語の構造、謎解きも含めて、変にこねくり回したようなところがないのも良かったです。

岡崎:ありがとうございます。

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伽古屋:僕の『断片のアリス』はVR空間が完全にメインになっていたけれど、『BW』は現実世界と仮想現実の両方でそれぞれの物語が展開していきます。それぞれ別の世界ではあるのですが、主人公のアキを軸にふたつの世界がつながっていて、相互に影響を与え合い、やがて物語がひとつに収束していく。この構図が見事なんです。たとえるなら、アキが蝶の胴であり、そこからVRと現実のふたつの物語が翅になって広がっている。なるほど、『BW』は物語の構図そのものも“蝶のイメージ”になっているんだな、と感じ入りました。岡崎さんはそんなことまで考えてなかったかもしれないですが(笑)。

岡崎:そこまでは考えてなかったです(笑)。でも非常にいいたとえですね。使わせてもらおうかな。

伽古屋:思いついたときに、これだけは忘れずに言っておこうと思って。これで今日はもう満足です(笑)。

『屍人荘の殺人』のシンプルなロジックを参考に

岡崎:以前、伽古屋さんのYouTubeチャンネル「さっかとーく」に出演させてもらったとき、『珈琲店タレーランの事件簿』の5巻を褒めてくださったんですよ。全体の構成が美しくて、よくできている、と。それがすごく嬉しくて、伽古屋さんとは僕がミステリーで大切にしている美学、美点を感じるポイントが近いのかなと思っていたんです。『BW』についても今、初めて感想をお聞きしたんですが、自分がこだわったところを的確に評価してもらって、とても嬉しく、光栄です。それこそ「全体をシンプルに」というのは最初から狙ったところなんですよ。というのも、『BW』を書くときにまず参考にしたのは、今村昌弘さんの『屍人荘の殺人』だったんです。

伽古屋:え、そうだったんですか!?

岡崎:今の特殊設定ミステリーブームは『屍人荘の殺人』が火付け役になったところもありますよね。あの作品が高く評価されているのは、なんといっても舞台設定の斬新さにあると思いますが、さらにロジックがとてもシンプルで非常にわかりやすいこともヒットの要因ではないか、と。誰が読んでもわかるようなロジックで構成されているから、あれだけ幅広い層に受け入れられたんだと思うんです。あのシンプルさを参考にして自分なりの特殊設定ミステリーを作ろうとしたことが、『BW』のスタートなんです。

伽古屋:なるほど。

岡崎:ですから、スタートの時点では伽古屋さんに褒めてもらったテーマ的な要素は全然考えていなかったんですよ。

伽古屋:テーマありきではなかったんですね。

岡崎:最初に編集担当に渡したプロットの段階では、それこそ現実世界のパートはほとんどなくて、純粋にVRの世界で展開する本格ミステリーだったんです。でも、担当さんから「現実世界もしっかり描いたほうがいい」と言われてプロットを練り直すうちに、「どういう人物がどんな理由でVR空間をクラッキングして“クローズド・サークル”を作ったのか」という問題を考えていくことになり、先ほどのお話にも出たルッキズムや引きこもり、差別や抑圧といったいくつかのテーマが浮上してきたんですね。それは僕の意図を超えて、物語が勝手に泳ぎ出していくような感覚でした。

伽古屋:そのテーマが浮かび上がって、構想ができたときはもう「来た!」っていう感じでしょ?

岡崎:本当にそんな感じでしたね。いろいろと要素が絡み合って「この物語はここに行き着くのか」とわかったときは体が震えたぐらいです。

必然性があるVR設定とトリック

伽古屋:作品全体を貫くテーマが、VRという舞台設定を必然性のあるものにしていますよね。だからVRを舞台にしながらも現実世界との地続き感を大事にしている印象があります。『断片のアリス』は完全なVRでクローズド・サークルをやってみようというところがスタートだったので、同じVRを舞台にしていてもコンセプトはだいぶ違うなと思ったんですよ。

岡崎:それでもVRの設定を考えていくと共通するものは出てきますよね。大きいところでは、VR空間の“非暴力化”とか。やっぱり理想郷としてのVR空間を考えると、そこに行き着きます。

伽古屋:あれは結構難しいんですよね。暴力とはなんぞやという話になってくるし、単純接触を禁止しちゃうと握手やハグもできなくなってしまう。

岡崎:そこはすごく考えましたね。『BW』では非暴力化されたVR空間で事件が起きたことがメインの謎のひとつになっていますから、意図的な加害はもちろん、事故も起きないような設定にして。結果的にいろいろと細かく書いていく羽目になりました(笑)。一律で包括的な非暴力を徹底しないと本格ミステリーとして成立させるのが難しいんですよ。

伽古屋:特殊設定の抜け道をトリックにする方法論もあったと思うけど、そこは全部ふさぎたかったということですね。ただ、それを読者に提示していくのが大変なんですよね。でも、『BW』ではすごくうまくできていたと思いますよ。伏線の張り方やヒントの出し方も良かったです。トリックのためのトリックになっていなくて、ちゃんと意味と必然性がある。

岡崎:作中でも触れましたが、ミステリーの宿命として「犯行現場でトリックなんか用意している暇があったらさっさと逃げろ」問題があるじゃないですか(笑)。今回はいろいろと特殊なところがあるので、そういった問題についてもうまく“ひねり”を入れながら配慮していった感じですね。

伽古屋:むしろVR空間という特殊な設定だからこそ成立するところが面白かったです。VRの世界観って何でもアリといえば何でもアリなんですが、ビジュアルを見せられない小説だと、あまり突飛なものは逆にやりづらいんですよね。『BW』はそのあたりのバランスも良かったです。

岡崎:確かに本格ミステリーって厳密なルールが必要なので、何でもアリのVRとはちょっと相性が良くない部分もあるんですよね。なので、今回はアバターに翅があって空を飛べることと非暴力以外は基本的に現実世界とそんなに変わらない設定にしています。僕にとってVRはハードSFやハイファンタジーのような世界観を描く道具ではなく、やっぱり現実と地続きな本格ミステリーのための条件設定なんですね。

伽古屋:異世界転生モノなんかは今ではもうフォーマット化していて、あの独特な剣と魔法の世界観は多くの読者にとってイメージしやすいものになっていますよね。その馴染みのある世界観に現実世界の要素を入れ込んでいくことで、いろいろな作品が成立している。VRもひとつの世界観としてフォーマット化されてきたら、もっといろんな作品が出てきて面白くなってくると思うんですよ。ただ、今のところVRミステリーと呼べる作品はまだほとんど出ていませんが。

VRにはまだまだ遊べる余地がある

岡崎:VRの世界を舞台にしたミステリーという点では、2018年に刊行した『断片のアリス』は相当早かったですよね。

伽古屋:企画自体はその2~3年前から進めていたので結構な難産でしたね。その当時、VRを題材にした作品だと『ソード・アート・オンライン』が人気でしたが、あの作品は基本的にミステリーの範疇に入らないでしょうし、VRミステリーと呼べる目立つ作品はあまりなかったと思います。

岡崎:それこそ“VR元年”と呼ばれた頃から『断片のアリス』の企画は進んでいたんですね。現実にはまだまだVRは広く一般的には普及していませんが、フィクションの題材としては大きな可能性を感じます。今回、自分で描いてみて思ったのは、やっぱり現実世界とVR世界の落差に物語が生まれる要素があるんですね。今後、そういったVRの特性をアレンジした物語はどんどん出てくるでしょうし、それは個人的にも楽しみです。

伽古屋本格ミステリーはもう100年以上続いているジャンルですけど、その間ずっと「もうネタ切れ」なんて言われながら時代時代で新しいものを取り入れて続いてきました。同じようにVRも特殊設定ミステリーのムーブメントにこれから入っていくと思うんですよ。実際に書いてみて思ったのは、VRの世界にはまだまだ遊べる余地があるということ。まだジャンルとしてのスタート地点にも立ってないと言えるし、VRならではの面白さは今後さらに掘り出せると思います。それに小説を書いているような人間って、やっぱり新雪を踏みたくなるタイプじゃないですか。きっと題材としてVRに興味を持っている作家は多いと思いますよ。

岡崎:そういう意味では、このタイミングで『BW』を書くことができて良かったです。今回のテーマやトリックの絡め方なんかも先行作品に縛られずに自由に書けたし、ルッキズムやアバターの問題もVRを描こうとしたら、まず考えなくてはいけない要素ですから。これを先んじて描けたことは大きいですね。

伽古屋:『BW』ではルッキズムや差別についての描き方が表面的に終わっていないところが本当に良かったです。「ルッキズムはダメだ」とか「差別はいけない」みたいな単純な話ではなく、人間の根源的な差別意識まで踏み込んで描いている。そこがすごく岡崎さんらしく真摯な態度だな、と。僕も今、差別をテーマにした小説を書いていて、『BW』はそういう点でもシンクロする部分があって、響くものが大きかったです。

岡崎:僕、以前から今の日本社会の風潮を“スカッとジャパン社会”って呼んでるんですよ。

伽古屋:なんですか、それ(笑)。

岡崎:今って不祥事やスキャンダルがあったとき、とにかく寄ってたかってやらかした人を袋叩きにするじゃないですか。でも、人間って誰でもどこかしらダメなところや足りないところがあって、時に過ちを犯すものですよね。自分だけが常に正しくて、失敗した人はどれだけ叩いてもいいっていう風潮が普段からずっと気になっていたんです。

伽古屋:確かにそういう風潮はありますね。

岡崎:だから、自分の書く小説でもわかりやすい悪を設定して、それを倒せば解決みたいなものにはしたくない。誰でも間違えてしまうことはあるし、その間違いからどのように進んでいくかということが、僕の描きたいものだし、これからも描き続けていきたいテーマのひとつです。そこを伽古屋さんに評価していただけて本当に嬉しいですね。今日はありがとうございました。

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