乱歩ゆかりの街・池袋で、江戸川乱歩賞贈呈式が史上初の一般公開。講談社・書籍編集長に聞く、「開かれた乱歩賞」への道のり

文芸・カルチャー

更新日:2021/11/19

江戸川乱歩の寄付金を基に、ミステリ小説の発展のため生まれた江戸川乱歩賞。東野圭吾氏や池井戸潤氏といった作家も歴代受賞者に名を連ねる名門新人賞だ。第67回は、伏尾美紀氏の『北緯43度のコールドケース』と桃野雑派氏の『老虎残夢』がダブル受賞。その贈呈式が今回、初めて一般公開された。開催場所に選ばれたのは、乱歩が居を構えた池袋の豊島区立芸術文化劇場(東京建物BrilliaHall)だ。ダ・ヴィンチニュースは、日本推理作家協会と出版社、そして自治体の連携で実現したこの贈呈式を取材。キーパーソンへのインタビューと当日の模様から、このイベントを立体的にお伝えしていきたい。まず話を聞かせてもらったのは、お届けするのは、賞を後援する講談社で担当デスクを務める、文芸第二出版部・単行本編集長の大久保杏子さん。贈呈式の開催が目前に迫った10月末に、インタビューを行った。

(取材・文=川辺美希)


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豊島区立文化芸術劇場
第67回乱歩賞授賞式が行われた、池袋の豊島区立文化芸術劇場
写真:森清

応募のハードルが高い江戸川乱歩賞のイメージを変えたい

――江戸川乱歩賞の贈呈式一般公開を企画した背景として、賞を取り巻くどんな状況があったのでしょうか。

大久保:江戸川乱歩賞は、2019年からWeb応募を始めたり、その翌年には選考方法を変えたりと、改革が進められてきました。2020年3月、66回の選考が始まる時期にはコロナの影響が本格化して、選考会のスタイルなども変更を迫られた状況でした。乱歩賞は権威ある賞ですが、一方で「社会派ミステリじゃないと応募できない」「大人が読めるものじゃないとダメ」といった印象から、応募のハードルが高くなっているという課題もあったんです。そんな状況を打破するために、イメージを変える必要がありました。過去に受賞した乱歩賞作家の活躍ももちろん大事ですが、それに頼るだけではなく、編集部にも、乱歩賞に、いろいろな取り組みをやっていて楽しそうな賞という、オープンなイメージを持ってもらうためのチャレンジと努力が求められていたんです。「tree」というサイトや「小説現代」で、乱歩賞選考の裏側を語る編集者座談会を開催して、「プロフィールで判断される」など間違った都市伝説は嘘だとお伝えするなど、開かれた賞だと伝える発信を進めてきました。

――今年の贈呈式の企画は、いつ、どのようにスタートしたのでしょうか?

大久保:企画が出たのは本当に最近で、今年の2月です。講談社が運営している池袋のMixaliveTOKYOの担当者との雑談の中で、豊島区とMixaliveTOKYOが一緒にいろいろなことをしていると聞いたんです。「豊島区といえば、江戸川乱歩って池袋に住んでたんですよ」と私が話したら、「じゃあ、乱歩賞で豊島区と何かできないか、話してみましょうか」と、豊島区の文化デザイン課の方を紹介してもらって、主催である推理作家協会の理事会で豊島区との交渉を行うことへの承認をいただいて……そこから、ものすごい高速でお話が進みました。だって、公開贈呈式のことを発表したのが5月ですよ。ある程度、時間がかかるだろうなと思っていたので、最初にご相談に行ったときは、来年度以降にいかがですかっていう話をしていたんです。でも、豊島区の方々に「今年からぜひ」と言っていただけて。さらに、推理作家協会の代表理事である京極夏彦さんをはじめ、作家の皆さんからのご承認も心強かったです。社内で企画が出て約4ヵ月で情報解禁して、細かいことはその都度決めながら進みましたね。日本推理作家協会賞の贈呈式との同時開催や、トークイベントの詳細は追って決めていきました。

――自治体の方は慎重なイメージがありますけど、すごいスピード感で進めてくれたんですね。

大久保:豊島区は文化事業に力を入れていて、11月1日の「としま文化の日」に、豊島区立芸術文化劇場での式典は昨年から実施していたそうなのです。そのプログラムに続けて、乱歩賞の贈呈式を入れようということで、スムーズに決まりました。

――実行力やフットワークの軽さは、豊島区の担当の方々と接していても感じましたか?

大久保:豊島区は、地域の特色を出すということを自覚的にやっていらっしゃる自治体なんですよね。サブカルチャーや芸術による街づくりを進めていらっしゃるので、乱歩邸がある池袋で乱歩賞の贈呈式をやるという企画に対して、進む方向は明確だったと思います。文化デザイン課の方々も、非常に柔軟で好奇心旺盛な方々でした。豊島区とのお仕事は本当に刺激的でしたね。お互いに、自分たちが当たり前だと思っていたことを、考え直す機会を与えあうことができて。私たちは、贈呈式をオープンにしていないことに疑問を抱いたことはなかったんですけど、豊島区の方々は「オープンにしない特別な理由があったのでは?」と思ったそうなんです。私たちは慣例で続けていただけだったんですよね。そういった、未知との遭遇のような気付きがありましたね。マッチングとしても良かったと思います。

京極夏彦さん(乱歩賞授賞式にて)
日本推理作家協会の代表理事・京極夏彦さん(乱歩賞授賞式にて)
写真:森清

贈呈式で新人作家を読者に紹介しないで、いつするの?

――贈呈式を一般公開するという企画は、大久保さんたちが抱いていた乱歩賞に対する課題意識に、どうアプローチするものととらえていましたか?

大久保:たとえば吉川英治文学賞とか直木賞って、プロの作家さんが表彰される賞なので、贈呈式も、関係者が集まって、今までの作家の功労を表彰するという意味があると思うんです。でも、乱歩賞は新人賞です。新人賞の贈呈式は通常、出版社内で関係者への新人お披露目会のような形で開催するんですが、乱歩賞は伝統ある賞なので、帝国ホテルの大きな部屋を貸し切って開催していて。業界に新人をパフォーマンスする場でもありました。でも、新人にとってもうひとつの大切なことである「読者に自分や作品を紹介する」ができていなかった、と思ったんです。今、読者に紹介しないでいつするんだって思ったし、露出を増やすチャンスがあるなら、増やしたほうがいいんじゃないかという考えもあって。それなら、贈呈式そのものがイベントになれば、本や作家の宣伝と同じ効果があるんじゃないかと。メディアの方が取材して報道してくださるし、たとえ100人でも500人でも、イベント参加者がその場で乱歩賞受賞者や作品の紹介を見たら、きっと本を買いたくなると思うんですよ。

――一般公開で行う贈呈式を作り上げる上で、もっとも大変だったことは何ですか?

大久保:1000人規模の劇場で行う贈呈式というのは、誰も経験したことがないので、それを想像することが大変でした。モニターが何台必要かなとか、こういう演出が必要かなとか、いろいろイメージして作ってきましたけど、直前になってもどうなるか想像できていなくて(笑)。お客さんを呼ぶイベントで今までと同じ贈呈式をやったら、かなり地味になってしまうと思ったんです。登壇者の胸につける花ひとつとっても、いつもの花だと小さくて劇場の3階席からだと見えないから、特大の花にしないとダメ。私たちは編集者で、イベントのことを考えるプロモーターではないので、そこはプレッシャーでしたね。エンタメ文学を銘打つ賞として、エンターテインメントがなければ恥ずかしい。いかに楽しませるかということに、かなり頭を悩ませました。でも今年は、失敗でもしょうがないかなと思っています(笑)。1回やってみて、来年はもっとこうしようっていう反省を積み重ねたいと思っています。本当に、やってみないとどうなるかわからないので。

受賞作家・作品の紹介や選評をまとめた冊子
授賞式当日に配布された、受賞作家・作品の紹介や選評をまとめた冊子

乱歩賞は新人作家が新しいことに挑戦できる賞

――この贈呈式をきっかけに、乱歩賞のあり方をどのように変えていきたいと思っていますか?

大久保:作家になりたい人、ミステリが好きな人に応募してもらいたいという前提はあるんですけど、楽しいことをやりたい人に応募してもらえる賞になったらいいなと思いますね。今は、これまでどおりの宣伝や書店回りをしても書籍が売れない時代で、出版業界が、ビジネスのスタイルも変えなければいけない時期です。そんな中で、乱歩賞は文学賞としての権威に加えて、ビジネス的な挑戦ができる賞だと思ってもらいたいんです。編集者と一緒に、こうすればたくさんの読者に喜んでもらえるよねって、切磋琢磨できる作家さんであり、アイデアマンに応募してほしい。そういう乱歩賞のあり方が伝わると嬉しいですね。

――新しいチャレンジをしたい人が、それをできる土壌がある新人賞だということですね。

大久保:今の時代に小説を書こうとチャレンジしてくれる人には、私たちは感謝しかないんです。何かを作ろうと思ったらゲームやアニメだっていいわけだし、ハリウッドにだって行くことができる。でも、日本語っていうある意味ドメスティックな言語を使って何十枚、何百枚もたったひとりで小説を書こうとしてくれる人は、出版業界にとってすごくありがたい存在です。その人たちが、ご自身が持つアイディアや才能を使って文芸業界を盛り上げたいと感じて、そこに踏み出すステップとして、乱歩賞に応募しようと思ってもらえたらありがたいな、と思います。

――今回の乱歩賞贈呈式を、どのようなイベントにしたいと考えていますか?

大久保:当日は、受賞作家や作品の紹介や選評などをまとめた冊子も配るので、贈呈式に来て、知らなかった作家さんに出会って、「帰りに書店でこの人の本を買って帰ろう」と思えるイベントにしたいですね。贈呈式後のトークイベントに出てくださる京極さんや綾辻行人さん、貫井徳郎さん、辻村深月さんも、この機会に読者に後輩たちの書籍を読んでもらいたいという思いで参加してくださっていると思います。参加された方々が、歴代の受賞者も含めて、乱歩賞作家に興味を持つきっかけになれば嬉しいです。

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この記事で紹介した書籍ほか

北緯43度のコールドケース

著:
出版社:
講談社
発売日:

老虎残夢

著:
出版社:
講談社
発売日: