平戸 萌「マジカルだった私たち」【連載コラム「私の黒歴史」】

文芸・カルチャー

更新日:2024/1/9

最も旬で刺激的な物語が詰まった月刊文芸誌「小説 野性時代」より、コラム「私の黒歴史」を特別公開!
これって黒歴史? それとも白歴史? “色とりどり“のエピソードをお楽しみください。

(本記事は「小説 野性時代 2024年1月号」に掲載された内容を転載したものです)

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平戸 萌「マジカルだった私たち」
【連載コラム「私の黒歴史」】

 初めての親友は不思議な子だった。小学校の入学式の日、前の席から振り返ってにこっと笑ってくれたとき、一瞬で仲良くなった。魔法にかけられたみたいなあの瞬間をいまでもよく憶えている。じっさい、彼女は魔法が使えるらしかった。彼女は言った。がんばればできるよ。
 そこで私たちは放課後、修行に励んだ。オシロイバナの粉で魔法陣を描き、二人だけの言語を開発し、ヨウシュヤマゴボウの実を集めた。私たちは学校にうんざりしていた。野蛮なドッジボールやえらそうに命令してくる先生や派閥づくりの駆け引きに。なにより、雑にすくった砂粒みたいに十把一絡げに扱われることに傷ついていた。誰とも一緒にされたくないのに、みんなと同じ、とるに足りない一年生でしかないのだと思い知らされるのは屈辱だった。私たちはそんなのじゃなかった。じゃない、はずだった。だから私たちはほうきにまたがって飛べと念じた。大真面目に。必死に。
 学校で、彼女はときどき贈り物をくれた。何の変哲もない小石や鳥小屋で拾ったインコの羽根や色つきのクリップなんかを、いかにも大事そうに丸めた手でさっと突き出すのだ。私はそれをすばやくポケットにつっこんだ。私たちは意味深に目配せし、あとは素知らぬ顔で過ごした。ポケットの中の宝物は私を心強くしてくれた。いつからか彼女は丸めた手だけを突き出すようになったけれど、私はそれまでと同じように見えない宝物をうやうやしく受け取った。そこにはたしかに魔法があった。きらきらした、優しい魔法が。
 クラス替えで離れると彼女との縁はあっさり切れた。新しい友達もでき、彼女のことを思い出さなくなった頃、帰り際の下駄箱で私たちは再会した。久しぶりと言いながら、彼女はまた丸めた手を差し出した。私はさっと受け取るそぶりをして、手をポケットにしまった。私たちの怪しげな取引を見ていた新しい友達が、「え、何も渡してないよね」と驚いたように言った。「何にも持ってなかったよね」
「そんなことないよ」と焦る私を尻目に彼女は駆け去っていった。「えーウソ、なら見せてよ」と食い下がる友達をごまかしながら、私はポケットの中で空の手をずっと握りしめていた。
 日々は過ぎ、私は魔法から遠ざかって、飛ぶ練習をしていたことは気恥ずかしい思い出になった。彼女はあの頃のことを黒歴史と呼ぶだろうか? そうなら寂しい。だって私は、彼女の魔法をまだ信じているから。

プロフィール

平戸 萌(ひらと・もえ)
2014年度「オーバー・ザ・カウンター」、18年度「春の朝」ですばる文学賞最終候補。22年「私が鳥のときは」で第4 回氷室冴子青春文学賞大賞を受賞。

書籍紹介

私が鳥のときは(河出書房新社刊)
著者:平戸 萌
発売日:2023年12月01日

「さらわれてきちゃった」。中3の夏、蒼子の家に突然やってきたのは、余命わずかのバナミさん――。第4回氷室冴子青春文学賞大賞を受賞した傑作青春小説。書き下ろし長篇も収録。
(あらすじ:河出書房新社オフィシャルHPより引用)

掲載号紹介

小説 野性時代 第242号 2024年1月号
編 小説野性時代編集部
発売日:2023年12月25日
商品形態:電子専売

荻原浩&誉田哲也&伊東潤&永井紗耶子の豪華新連載4本スタート! ブレイディみかこの読切も掲載!

【小説新連載】
荻原 浩――我らが緑の大地
植物は人間をどう思っているのだろう……?
迫真のパニック・サスペンス、開幕!

誉田哲也――暗黒戦鬼グランダイヴァー
圧倒的な力で暴徒を排除する者たちの目的は?
近未来ハード警察アクション小説!

伊東 潤――天地震撼 信玄と家康
攻めるは信玄、守るは家康。激突の時は迫っていた――。
謎多き〈三方原合戦〉に、歴史小説の旗手が挑む。

永井紗耶子――青青といく
広い世界が見たい少年、弥兵衛が出会った「先生」は――。
どこまでも自由に、世を変え人を救った異才・海保青陵の軌跡。

【読切】
ブレイディみかこ――ママの呪縛 私労働小説―ザ・シット・ジョブ―
東京・六本木。ベタな会話が溢れる夜の店に、
ママを中心とした歪な社会が形成されていた。

【連載】
東川篤哉――谷根千ミステリ散歩 密室の中に猫がいる 後篇
朝比奈あすか――普通の子
赤川次郎――三世代探偵団 愛と哀しみへの逃走
近藤史恵――風待荘へようこそ
秋吉理香子――殺める女神の島
櫛木理宇――死蝋の匣
阿津川辰海――バーニング・ダンサー
恩田 陸――産土ヘイズ
河崎秋子――銀色のステイヤー
新川帆立――目には目を
垣根涼介――武田の金、毛利の銀
今村翔吾――天弾

【コラム】
私の黒歴史――平戸 萌「マジカルだった私たち」
私の黒歴史――森バジル「ホムペの話」

第15回 小説 野性時代 新人賞 一次選考通過作品発表

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