【下村敦史×知念実希人トークイベントレポート】「ここで殺されてましたね!」最新刊『そして誰かがいなくなる』の舞台となった下村邸の見学ツアーも開催!

文芸・カルチャー

公開日:2024/3/2

下村敦史×知念実希人トークイベント

 2024年2月11日(日)、下村敦史さんの『そして誰かがいなくなる』(中央公論新社)、知念実希人さんの『放課後ミステリクラブ3(動くカメの銅像事件)』(ライツ社)の刊行を記念して、著者ふたりのオンライントークイベントが行われた。ふたりの対談場所は、下村さんの自邸。ミステリーの世界から飛び出してきたかのようなその洋館は、テレビや雑誌などのメディア取材が絶えず、また、下村さんの新刊『そして誰かがいなくなる』では、実際に物語の舞台にもなっている。対談後には、下村邸内を探索する見学ツアーも敢行。驚き満点、新刊への期待が高まる、イベントの模様をレポートする。

知念さんは下村さんの“かかりつけ医”!?

 まず、トークイベントで最初に話題となったのは、下村さんと知念さんの交流だ。ふたりは日頃からSNSを通じて交流しているが、最初の出会いは、2018年、書店でサイン本を作る際に居合わせた時のこと。その後も、小説賞のパーティーで何度か顔を合わせたが、知念さんが一番印象に残っているのは、下村さんから「電話で相談したいことがある」と、突然DMが来た時のことだという。何事かと思えば、下村さんから「コロナに罹ってしまったんですけど」と悲壮感たっぷりの声で電話が掛かってきたのだそうだ。下村さんは「あの時は本当に誰に相談していいか分からなくて。知念さんには、毎朝、電話で体調の確認までしてもらったんですよ」と、現役医師である知念さんに助けられたエピソードを披露する。「すぐに熱が下がったのに、下村さんは『死ぬんじゃないか』って本当に心配してたんで、『大丈夫だから』って励ます感じでした」と知念さんはその時のことを振り返るが、下村さんにとって知念さんは、なんと心強い“かかりつけ医”なのだろう。小説家であるふたりに、まさかそんな親交があっただなんて!

知念さん「子どもたちに、『本って活字だけでも楽しいんだ』と思ってもらいたい」

 今回のイベントは、下村さんと知念さん、それぞれの新刊の発売を記念して行われた。知念さんの新刊は、『放課後ミステリクラブ3(動くカメの銅像事件)』(ライツ社)。「本屋大賞2024」にノミネートされた『放課後ミステリクラブ』のシリーズ第3巻だ。このシリーズは、知念さんのこれまでのミステリーのような大人向けの一般小説ではなく、小学校低学年から楽しめる児童書。そこには「子どもたちに本を読む楽しさやミステリーの楽しさを知ってほしい」という知念さんの思いが込められているのだという。

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 知念さんは小さい頃から本が好きだった。小学生の時に、アルセーヌ・ルパンが活躍するモーリス・ルブランの『奇岩城』を読み、そこから一気にミステリーにハマって、コナン・ドイルのシャーロック・ホームズシリーズや、アガサ・クリスティの作品なども読んでいたのだという。だが、最近は、本を読む子どもが減っていると聞く。「それはなぜなのか」と考えた時、知念さんは「絵本から大人が読む本の間をつなぐ本がないのでは」と考えたのだそうだ。

 知念さんは語る。「児童書は小学生高学年向けのものが多くて、絵本を卒業してすぐに読んで、『あ、本って活字だけでも楽しいんだ』って思える本が少ない。その間の本があれば、将来、本を好きになる人、ミステリー好きになる人が増えるのではないかと思ってこのシリーズを書きました」。

 このシリーズを読んだ下村さんは、「何だか懐かしい気分になった」という。下村さんは、小学校の低学年の時、児童向けの「読者への挑戦状」があるミステリーが好きで、その時のことを思い出したのだとか。子ども向けだから、そんなに難しい筋書きをしているわけじゃない。けれど、『放課後ミステリクラブ』を読んでいくと、想像したものから外れていた真相もあれば、当たった真相もある。「この作品はそのバランスが絶妙。子どもでもしっかり考えたら、謎を解けそうな匙加減で書いているのが、本当にうまいなと思う」とその魅力を語った。

下村さん「最新作の舞台は、僕の自邸。間取りもインテリアもそのまま出てきます」

 一方で、下村さんの新刊『そして誰かがいなくなる』(中央公論新社)は、大人のための本格ミステリーだ。下村邸を舞台とした物語で、作中には自邸の間取りやインテリアがそのまま登場する。さらには、家主のミステリー作家が殺されることで物語が始まるというのだから、遊び心満載だ。

「なぜ自宅を舞台にしたのか」という質問に対し、ずっと下村邸に興味を持っていたという知念さんは「そりゃあみんなが『ここを小説にしろ』って言ってたからですよね(笑)」と思わずツッコミを入れるが、実際にそのような声は少なくなかったらしい。下村さんによれば、この家を建てた時、付き合いのある10社ほどの出版社の担当編集者を順番に招いたそうだが、その中でも、中央公論新社の担当編集者が、最初の訪問の時に早速「ご自宅を舞台とした名作のオマージュはどうですか」というアイデアを持ってきたのだという。その言葉に「なるほど」と触発されたのが、本作を書き始めたキッカケなんだそうだ。

 だが、実際に存在する家をそのまま舞台にするのは、かなり縛りが多いに違いない。知念さんは、自身の著作で、同じクローズド・サークルのミステリーである『硝子の塔の殺人』(実業之日本社)の執筆時のことに触れながら、「あれはすごく大きいトリックを作るために、それに沿って建物の構造を考えているんです。でも、下村さんの作品はすでに家があるから、書くのは相当難しかったんじゃないですか」と問うた。しかし、下村さんによれば、もちろん大変な部分もあったが、「書きやすい面もあった」のだという。間取りが出てくるタイプの本格推理小説で一番大変なのは、どの登場人物たちがどの時間帯にどこにいて、どういう風に動いているか。「その動きが実現可能か」というのを頭の中で考えるのは大変だが、現実に小説に登場する家が存在するため、普通ならばなかなかできない、トリックの実証実験ができたのだそうだ。

アイデアに困ったら、「とにかく歩く」のは、小説家あるある!?

 けれど、そうは言っても、ミステリーを作るのには苦労は絶えない。執筆する中で楽しさを感じるのは、下村さんは「物語のスタートを書き始める辺り」だというが、「でも、書き始めるとやっぱり大変」だと語る。一方で、知念さんの場合は、「謎を考えるのが一番楽しい」という。

 知念さんは、物語を作る際、そのコアとなる部分、ミステリーでいえば、謎を最初に考えるそうで、そこを設計して、肉付けしていく作業を「魚を描くような作業」だと語る。ミステリーのメイントリックである背骨を描き、その謎がどうスタートし、どう解決するかという、頭と尻尾を作る。さらに、背骨に沿って、物語に必要な要素を小骨として入れていけば、あとは肉付けしたりしていくだけ。知念さんに言わせれば、「謎を解くために必要な手がかりを正しい順番に並べていくだけで、物語はできるんじゃないかなって思っている」とのことだが、これには下村さんは「その手がかりを全部ゼロから考えるっていうのが大変じゃないですか……」と、苦笑い。作家によっても、その感じ方はさまざまらしい。

 では、アイデアに詰まった時、どうするのか。下村さんは、ゼロからアイデアを生み出す時は、三題噺のように単語だけでも最初にあると発想しやすいという。ネットで検索したり、ランダムで単語が表示されるようなアプリを使ってみたり。一方で、知念さんは、とにかく歩くようにしているというが、これは下村さんも同じようだ。下村さんもアイデアに悩んだ時は「部屋の中を意味もなく歩き回る」のだとか。知念さん曰く、単純作業をしている時にアイデアが浮かびやすいというのは科学的にも証明されているらしい。「創作する人は分かるんじゃないかなぁって思います」と下村さんが語る通り、「アイデアに困ったら、歩く」というのは、もしかしたら“小説家あるある”なのかもしれない。

今にも事件が起こりそう! 『そして誰かがいなくなる』舞台・下村邸見学ツアー

 執筆の裏側について語られた対談に引き続き、オンラインイベントでは『そして誰かがいなくなる』の舞台となった下村邸の見学ツアーも行われた。

下村敦史×知念実希人トークイベント

 まずは、頭上の大きなシャンデリアを眺めつつ、赤い絨毯が敷かれた曲線状の階段を上がって2階へ。扉を開けるとそこは、マスターベッドルーム。寝起きしたり、執筆したりする部屋なのだそうだ。ベッドにしろ、ソファにしろ、調度品にしろ、その一つひとつにこだわりが感じられるが、その中でも、この部屋で下村さんが特にこだわったのは、壁紙。「ヨーロッパの宮殿の写真を見た時に、赤を基調にした、黒のダマスクローズ柄の壁紙とこのクリーム色の装飾の対比がすごく綺麗で。それを再現するために、この壁紙を探すのには、かなり苦労したんです」。下村さんの解説に、知念さんは「すごいですね。ミステリーで考えたら、絶対そこのベッドで誰かが殺されますよね(笑)」と、想像力を掻き立てられていた。

下村敦史×知念実希人トークイベント

 さらに驚きなのが、1階の突き当たりにある書斎だ。古めかしい風合いの本棚に囲まれたデスク、江戸川乱歩賞の乱歩像が飾られた暖炉、地球儀型のワゴン……。調度品も含めて、バロック調に設えられた室内には、先ほど見た部屋とは違う、また別の重厚感が漂う。知念さんは「ロンドンのシャーロックホームズミュージアムみたいな感じですね。カッコいいなぁ…」と、その魅力に惹きつけられていたが、この部屋の驚きは、その豪華さだけではない。

下村敦史×知念実希人トークイベント

 下村さんはおもむろに柱に触れる。「実はこのピラスターという柱は、隠し棚になっています」。パカッと棚を開けると、そこには怪しげなチェスの駒が1つ。「暖炉の上に、意味ありげにチェスのコマが1つ足りないところがあるんで、そこにこの駒を載せると、隠し金庫が開く仕掛けになっています」。下村さんが隠し金庫を開けると、今度はそこには4桁の数字が書かれた紙が置かれている。「さて、こういう仕掛けの定番といえば、絵画ですよね」。続いて、下村さんが部屋に飾られた絵画を外すと、また別の金庫が現れた。そこに先ほどの4桁の番号を入力すると、今度は「南6 闇を傾けろ」とのメッセージが。南の方角にある本棚を見れば、下村さんのデビュー作『闇に香る嘘』がささっている。「『闇』ってこの本のこと……?」。知念さんがその本を傾けると、隠し扉だった本棚が動き、なんと地下へ続く階段が現れたではないか!——まるで、ミステリーの一場面。この書斎には、実はたくさんのギミックが隠されていたのだ。

下村敦史×知念実希人トークイベント

 地下に続く秘密の通路を通りながら、知念さんは「……え、こんなに広いの!? ここって自宅ですよね!?」と驚きを隠しきれない。下村さんによれば、地下は、ヨーロッパの盗品が隠されている宝物庫のイメージでコーディネートしているそうで、なるほど、見ているだけでも、どこかの遺跡に迷い込んだような気分にさせられる。立派な椅子が設えられ、模擬刀が飾られているほか、奥には鉄格子も見える。知念さんは「あ、ここ、『そして誰かがいなくなる』で作家が殺されるところですね! こんな地下室みたことないですよ!」と、興奮をおさえられない様子だった。そして、知念さん同様、視聴者もまた、こだわりに満ちた、摩訶不思議な下村邸には、圧倒されたに違いない。

下村敦史×知念実希人トークイベント

 なんという高揚感なのだろう。自宅を舞台とした前代未聞のミステリー『そして誰かがいなくなる』と親子で楽しめる児童ミステリー『放課後ミステリクラブ』。ふたりの著者によるオンラインイベントは、彼らの新刊への期待がさらに膨らむ、ワクワクさせられっぱなしの時間だった。

文=アサトーミナミ

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