3月14日に開通する「北陸新幹線」で行ける、日本海側の素敵な話 『裏が、幸せ。』酒井順子インタビュー

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/21

裏は「受け止めてくれる」場所

 東日本大震災が起こった2011年、その年の漢字にも選ばれた「絆」という字を見て、自分という存在がどこに結びついているのかを改めて考えた人は多かったことと思う。さらに現代の日本は長引く不況や少子化による人口減など、戦後から70年、右肩上がりに成長していきたことに陰りが出て、価値観も変わってきている。

「震災で気持ちが変わったという人もいると思いますし、必ずしも人が多くてワーワーしているところがいいという人ばかりとは限らない、ということになってきていると思います。そして『裏である』ということが、遅れているとかダメなことというわけではなく、利点であるということにきっと、もうみなさん気づいていると思うんです。そしてこれは裏日本だけではないかもしれないですが、少ない人口でもその独特の『幸せ感』みたいなものが、それぞれの地で育まれていると感じることは、震災後に強くなっていると思いますね」

高度経済成長期やバブル期に日本のあちこちに造られた街や観光地は、開発から20年以上を過ぎてすっかり寂れてしまった場所もある。

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「今まで新幹線が通った場所がどうなったかという事例はたくさんあるので、北陸新幹線の沿線の方々は、東京や太平洋側の悪い開発と同じ轍を踏まず、新幹線の『利』をうまく利用して欲しいですね。またネットなども発達しているわけですし、人が少なくて静かでも快適な生活を送ることはいくらでもできるので、そうした利点も伸ばしていって欲しいと思います」

またそうした日本の状況と同じく、豊かな時代を体験した世代である自身が中年になったということが「裏」に惹かれることに関係していると思う、と言う酒井さん。

「日本という国と同じく、自分自身の人生においても季節としては真夏を過ぎて、今は下り坂になってきている。そうした立場のものにとって、ホッとする空気が裏にはあると思うんです。若い時だったら寂しさや不便さしか感じなかったのでしょうが、そういう裏の持つ寂しさや不便さを、反対に楽しめるようになってきてるんじゃないかなと思うんです。派手なこととか、物質的に豊かなことなどを子どもの頃から散々体験してきてもう十分、という世代が老いの声を聞いたときに求めたくなるものが、裏日本には揃っているような気がしているんです。また私たち世代だけではなく、競争社会が嫌で、静かな方へ行きたいという人はどの世代にも確実にいるでしょうし。裏は、そういうときに受け止めてくれる場所なんでしょうね」

  • 酒井順子

 その成功例として、本書には新潟県南魚沼市にある「里山十帖」という温泉宿が出てくる。これは雑誌『自遊人』の編集部が作った宿であり、その編集部も東京から南魚沼市へ移転して業務を行っている。この宿は自然に囲まれた古民家のような佇まいで、古いものと新しいものが組み合わされ、使い心地の良さも追求されている。また食事は地元で採れた山菜や野菜などを使い、様々な調理法で適度な量を供してくれるそうで、天ぷらや刺身、固形燃料で温める鍋などがたくさん出てくるといった一般的な旅館の料理とは一線を画している。

「豪雪地帯に住む人にとって雪は邪魔なものであると思いますが、都会に住む人にとってはとてもロマンティックなものであるんですよね。都会の人は、こうした裏の“裏性”というものに喜ぶものなんです。なのでこれからの旅は、食事はカロリーではなくその土地でしか食べられないといった希少性に価値を求めるようになり、普段の暮らしでは手に入らないものが求められるようになっていくと思います」

フックになる特徴的なものがあれば、人はどこまでも行くもの

 本書は京都から中国地方の日本海側を通り、下関市までを走る山陰本線に酒井さんが乗車した時の、本線というにはあまりにも鄙びていたことへの衝撃から始まる。

「日本海側の土地同士では、あまり横移動をしないそうなんですよ。もちろん交通手段が限られているから行きにくい、というのはあるとは思うんですけど、それは時代が明治に入って、移動が船から鉄道になってからなんですよね。その証拠に、日本海側は太平洋側よりも近い存在であった朝鮮半島と関係のあることが多いんですよ。例えば福井県の『敦賀』の名前は、加羅国から渡来した都怒我阿羅斯等(つねがあらしと)という王子の名前が由来だと言われています。横移動というのは時間をかけて移動できる、旅人だけに許された特権なんじゃないでしょうか」

2023年の春には、金沢からその敦賀までが開業する予定という北陸新幹線。

「今後は、新幹線の通っていない福井以西が一番行きにくい場所になるんじゃないですかね。でもひとつ取っ掛かりがあれば、『その場所へ行きたい』という人は必ず出てくると思うんです。島根の出雲大社へ縁結びのお願いをするために出かける人が増えているというのは、そういうことじゃないでしょうか。そのきっかけは、ひとつのレストランや旅館でもいいんです。何かフックになる特徴的なものがあれば、人はどこまでも行くものですから」

酒井さんは『裏が、幸せ。』で、こんな思いを書いている。

だから私は、北陸新幹線開通によって、裏日本が抱く陰を、なくしてしまわないでほしいと思うのです。深く優しくしっとりとした、日本の中の「裏」が抱く「陰」。それは日本に住む全ての人達にとっての貴重な財産なのであり、私達がこれから必要とするものは、そんな陰の中にこそ、あるような気がするのですから。

また「あとがき」では、現代では万人が精神的にも物質的にも「明るさ」ばかりを求めなくなり、「中途半端な明るさよりも、暗さの方が力を持つ時もあることを私達は知ったのです」「表と裏は上下関係にあるのでなく、並列関係にあるもの。裏であるからこその幸せを今、日本人全体が必要としているのではないでしょうか」と記している。

「陰」の持つ力を感じられ、先の見えない暗さの中で、これからの日本が進む道をそっと照らすような優しく幸せな光があるのが「裏」である…そんな魅力が詰まった本書は、これから春を迎える裏日本の、幸せの数々を巡る旅へと誘ってくれることだろう。

酒井順子 1966年、東京都生まれ。立教大学社会学部観光学科卒。高校在学中から雑誌『オリーブ』にコラムを執筆する。2004年『負け犬の遠吠え』で講談社エッセイ賞、婦人公論文芸賞を受賞し、30歳以上・未婚・子なしの女性を表現した言葉「負け犬」はブームとなった。近著に『来ちゃった』『おばあさんの魂』『もう、忘れたの?』『ユーミンの罪』『オリーブの罠』など。

取材・文=成田全(ナリタタモツ)