【箱根山の噴火史】火砕流が横浜付近にまで到達したという記録も

社会

2015/5/27

 箱根山の話題をきっかけに、火山や噴火への関心が強まっている。ゴールデンウィークまっただ中の今月6日、気象庁は箱根山の噴火警戒レベルを「火口周辺規制」を意味するレベル2に引き上げ。さらに、火山性地震や大涌谷周辺エリアでのマグマによる火山ガスの増加も指摘され、神奈川県を始めとする関東甲信越地方では警戒する声も高まっている。

 かねてより噴火が警戒されている富士山や鹿児島県の桜島など、日本はとにかく火山が多い。

 世界の陸地から見ると面積は約0.25%を占めるのみ。しかし、きわめて狭い国土に「活火山だけで110あまりもあり、陸上にある火山の7分の1が集まっている」と解説するのは、書籍『火山入門 日本誕生から破局噴火まで』(NHK出版)である。著者は、地球物理学(地震学)が専門で、北海道大学地震火山研究観測センター長も歴任した島村英紀教授だ。

 東日本大震災の引き金になった東北地方太平洋沖地震。マグニチュード9.0、震源となった三陸沖からの地震の揺れが全国的に波及するという前代未聞のできごとで注目を集めたのが、メカニズムの手がかりとなりうる「プレート・テクトニクス」である。そして現在、相次いで懸念される火山との関連性についても同書はふれている。

 地球の表面には、陸地を形成する花崗岩でできた大陸プレートがあり、より重く玄武岩でできた海洋プレートがその下に潜り込んでいる。東日本では北米プレートの下に太平洋プレートが、西日本ではユーラシアプレートの下にフィリピン海プレートがあるが、プレートは毎年1センチから10センチほど動き続け、太平洋プレートは西北西方向に約8センチ、フィリピン海プレートは北北西方向に約4センチずつ動いているという。

 潜り込んでいく海洋プレートは深さ約90~130キロに達すると、その上面がマントルにより溶かされる。これが「マグマ」が作られる仕組みの一つで、まわりの岩よりも軽いために段階的な「マグマ溜まり」ができあがる。徐々に蓄積されたマグマが地表へ近づき、やがて火山の噴火へつながるというわけである。

 そのメカニズムをたどると自然界の雄大さもにわかに感じられるのだが、とはいえ、実際に噴火してからの事態を考えると手放しで歓迎できるものともいえない。そこで現在、緊張の高まる箱根山や噴火への警戒が常にぬぐいきれない富士山で過去に何が起きたのかを引き続き同書より紹介していきたい。

 文献資料が残る限りでは少なくとも、箱根山は計5回の水蒸気爆発を起こしたという。近い年代でいえば12世紀後半〜13世紀の間に3回。そして、約2000年前と約3000〜3200年前に1回ずつだ。

 このうちもっとも噴火の規模が大きかったのが最古の記録で、箱根山一帯の中心に位置する「中央火口丘」の神山北部が山体崩壊を起こし冠ケ岳が形成されるきっかけとなったほか、中心部を囲む外輪山の内側が火砕流で覆い尽くされ、仙石原や芦ノ湖が誕生するきっかけにもなった。

 また、地質学的な研究からさらに古い噴火の形跡も確認されており、約5700年前と約8000年前にはマグマ噴火が発生。さらにさかのぼり約6万6000年前には大規模な火砕流を伴う噴火の形跡が確認されており、時期こそ不明だが、火砕流が30キロ離れた大磯や50キロ先の横浜にも達したことが分かっているそうだ。

 一方、日本の象徴としてでもある富士山。世界遺産にも登録された風光明媚な地として評価されるが、その外観は過去の幾度にわたる噴火による火山灰と溶岩の蓄積で形成されたものだという。

 記録に残る限りでも、これまでに噴火した回数はじつに数十回。「噴火のデパート」と同書では述べられているが、その理由は、噴火する場所やその方法が様々だからである。正確な年代こそ不明だが噴火する中でマグマの成分が変わったり、時には、山の一部が崩れ落ちる「山体崩壊」を伴うほどの爆発的噴火もみられた。

 特に規模が大きかったとされるのは、1707年の「宝永噴火」、864〜866年の「貞観噴火」、800〜802年の「延暦噴火」という俗称「三大噴火」である。貞観噴火では、富士山北部の山腹から大量の溶岩が噴出し、青木ケ原樹海や富士五湖が形成された。そして、現代にもっとも近い年代の宝永噴火では現在の「宝永火口」からマグマが吹き出した影響で、関東地方から見ると左側が出っ張って見えるようになったという。

 火山大国ともいえる日本では「地震や火山とともに生きていくという知恵や覚悟も持っていなければならないのだろう」と、同書のまえがきで著者は語る。私たちの足元でいったい何が起きているのか。事前に全てを予知するのは現在のところ困難をきわめているが、少なくとも「いつか起きる」ということだけは明らかなようだ。

文=カネコシュウヘイ