「マンガ界に裏口から入って居座ってるような気分」漫画家人生35周年 ゆうきまさみの足跡

マンガ・アニメ

2015/8/10

 「アニパロ」とはアニメパロディの略。簡単に説明すれば、『宇宙戦艦ヤマト』など既存アニメの世界観を使って、自分なりの別の作品を作るということだ。同人誌やアンソロジーコミックをイメージしてもらえれば分かりやすいだろうか。そして今年で漫画家デビュー35周年を迎える「ゆうきまさみ」も、このアニパロ出身なのである。

 1980年にみのり書房発行『月刊OUT』にて商業誌デビューしたゆうき氏の足跡は『ゆうきまさみ 異端のまま王道を往く』(ゆうきまさみ/河出書房新社)で詳しく知ることができる。本書ではゆうき氏の3万字ロングインタビューや、氏の倉庫に眠っていた幻の同人作品などを収録。『機動警察パトレイバー』といった代表作から『ヤマトタケルの冒険』など初期作品の紹介も抜かりなく、ゆうき氏を知るにはこれ以上ない内容だ。

 巻頭のロングインタビューでゆうき氏は「マンガ界に裏口から入って居座ってるような気分」だと自身の胸中を明かす。一般的に漫画家になるための本道としては、大手出版社の新人賞に応募したり、自作を持ち込みして編集者に見てもらったりすることだろうか。それを経ずにアニパロでデビューしたことが、引け目に感じることもあるのだという。正直、意外な気がした。なるほど確かに持ち込みで苦労した話とか、賞に何度も落ちて悔しい想いをしたという話は劇的ではあるが、漫画家のステータスとしてはあまり関係ないように思う。よく言われることではあるが、漫画家というのはなるよりも、続けることのほうが難しいのだ。賞を獲って華々しくデビューしても、ヒット作を生み出せなくては続けていくことはできない。むしろ35年間、常に一線で描き続けてきたことこそが一流の証明なのだ。しかしそれを誇るでもなく、コンプレックスすら感じているゆうき氏。このあたりの感性が、一見地味だが堅実な、玄人好みの作品を生み出す源泉なのかもしれない。

 ではゆうき氏がどんな漫画人生を歩んだのかといえば、そこに大きく関わってくるのが「まんが画廊」という場所だ。そこは1976年から1980年まで東京・江古田に存在した喫茶店で、マンガやアニメの愛好家たちが多く集っていたという。『月刊OUT』の編集部に氏を紹介したのも店で知り合った人だったそうで、曰く「もしも画廊に行ってなかったら、今の僕はなかっただろうな」というほど重要な場所だったのだ。本書ではゆうき氏と「まんが画廊」で出会ったという作家・とまとあき氏と声優・川村万梨阿氏の鼎談が収録されている。落書き帳に絵を書いたり、「企画ごっこ」と称してアイディアを出し合ったり……。3人から語られる当時の様子は、まさに同好会そのもの。3人の他にもしげの秀一氏ら多くの著名人がここに出入りしていたというから、その影響力は計り知れない。

 このような空気の中でゆうき氏はデビューし、出入り先で小学館の編集者と出会って「週刊少年サンデー」で描くことになる。以降、多くの仲間たちと共に、35年ものキャリアを積み重ねていったのだ。

 本書でゆうき氏は「実は今、まんが画廊みたいな場がとても必要なんじゃないか」と語っている。インターネットの普及で同好の士との交流は容易になったが、その分、直接顔を合わせて議論する機会が少なくなった感のある現代。ラノベやアニメで“部活”をテーマにのんびりした日常を描くものが多いのも、そういう活動に憧れがあるからではないかというのだ。確かにSNSでコミュニケーションを取ることと、一堂に会して話し合うことは全然違う。面と向かって喧々諤々と意見交換することで、ある種の熱量が生まれる。それが物事を動かすエネルギーになることもあるのだ。そういう空気がかつての「トキワ荘」にはあっただろうし、「まんが画廊」の常連客たちも感じていたに違いない。個人的にも、ぜひ「まんが画廊」のような場所に入り浸ってみたいと思う。そうすれば少しはダメな自分も変われる気が……無理? ですよねぇ。

文=木谷誠(Office Ti+)