『教団X』以外にどんな作品がある? 中村文則の全作品を紹介

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更新日:2015/8/26

 

歳を重ねなければ出てこないもの──『教団X』、その先へ


 実は『教団X』は英訳されることを前提に書き進められた小説だった。文字通り「全世界」に向けて、作家は己の「全部」をさらけ出し、叩き付けたのだ。

「今回は三人称に挑戦しているんです。ただ、僕の特徴は、内面の独白が続く一人称にあると自覚していたので、そちらも手放していません。三人称って要は、“なんでもアリ”ってことなんですよ(笑)。さまざまな視点人物が登場する群像劇としてのエンターテインメント性もありつつ、〈高原〉の手記では『銃』や『遮光』のような文体を使えるし、〈沢渡〉のパートでは純文学中の純文学のようなものを放り込むこともできる。一段階、器を大きくしたんですね。ちなみに〈沢渡〉は、僕が書き継いできた悪の系譜の到達点だと思います。以前の自分だったら踏みとどまっていたであろう場所から、さらにもう一歩踏み込んだという自覚があります。〈沢渡〉の過去パートは、僕がこれまで書いてきた中で、一番ヤバいです。魔力全開です」

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 踏み込む、あるいは、踏み越える。その言葉遣いは、中村文則の歩みにぴったりだ。彼は一歩ずつ、あるいは半歩ずつ、境界線を踏み越えながら“ここ”まで進んできたのだ。

「価値観を揺さぶるために、小説というものがあるんですよ。小説でなければ味わえない深みは、そこにあるんだと思う」

 最後に聞いてみた。デビュー前に思い描いていた作家像と、今の自分の姿は、どれほど異なっているものなのか?

「まったく違いますね。僕は生涯で1冊、本が出せれば幸せだと思っていたんですよ。僕を支えてきてくれた文学の本の隣に自分の本を1冊並べることができたなら、自分の人生は達成されたことになると思っていた。デビュー当時、決して売れる作家ではありませんでしたし、“次に出す本が自分にとって最後の本になるかもしれない”という意識で書いていました。だからこそ、常に最高傑作を書かなければいけないんだと思っていたんです。『教団X』は15冊目の本になります。こんなに本を出せるとは思ってもいなかったですし、まさかここまでのことが書ける作家になるとは、デビューの頃は思ってもみなかった」

 中村にとって『教団X』は、ドストエフスキーにおける『カラマーゾフの兄弟』だ。

「いつかもう一度、こういう大長編に挑戦したいと思っています。どんな内容になるかは、想像すらしていませんが(笑)。もっと歳を重ねてからじゃなければ出てこないものはあると思うんですね。でも、今の年齢じゃなければ出てこないものもたくさんあったと思うんですよ。現時点での、僕の“全部”を出し切りました。ぜひ手に取ってみてください」

 

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