ラリーは何しに日本へ? アメリカ人ひとり旅が教える日本文化論

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/17

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『わが心のジェニファー』(浅田次郎/小学館)

 ニューヨークに暮らすラリーは、一念発起して恋人のジェニファーにプロポーズ。ところが彼女は思わぬ条件を出してきた。「プロポーズの前に日本を見てきてほしいの。休暇をとって。ひとりでゆっくりと」──大の日本びいきである彼女からこう言われたのでは仕方ない。有給休暇もたまっていたし、彼女との理解を深めるためにもちょうどいいと、ラリーは二つ返事。ただ心配なのは、ラリーを育ててくれた元海軍提督の祖父の言葉だ。祖父は日本を目の敵にし、ラリーが幼い頃から「ジャップみたいな真似をするな」と叱っていた。さて極東の島国でラリーを待ち受けていたものは……?

 浅田次郎氏が、初めて日本にやってきたラリーの日本滞在を描く『わが心のジェニファー』(小学館)。ウォシュレットに「スペースシャトルと同じくらい偉大な発明」と感動し、たった15分の遅れを謝るリムジンバスに「渋滞は運転手の責任ではないのに」と不審を感じ、折り返しまでの数分で新幹線の掃除を終わらせた「現場を制圧したSWAT みたい」な清掃スタッフに喝采を送る。コンビニの品揃えに舌を巻き、懐石料理の量の少なさを嘆き、鉄道の路線図にめまいを覚える。私たちには当たり前の数々が、ラリーの目を通せばたちまちファンタスティック・ワールドに早変わりだ。楽しいぞ。笑えるぞ。

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 正直に言って、これだけ世界のあらゆる情報がシェアされる時代に、ここまで日本文化を知らないってのも珍しいだろうし、「盛っている」感じはもちろんある。だが、それでもあざとさを感じさせないのが浅田次郎の「話術」だ。そしてラリーの反応に「そんなことが楽しいのかよ!」と驚いたり笑ったりしながらも……次第に、考え込んでしまう。私たちは、日本は、本当にここまでラリーに喜んでもらえるような国なのだろうか?

 ラリーが感動した日本のさまざまな技術や文化、歴史。その価値を私たちはちゃんとわかっているのだろうか。彼の「好意的解釈」を目にするたびに、嬉しさと恥ずかしさが押し寄せる。ほめてくれてありがとう、でもごめんなさい、そんなに立派な国じゃないかもしれません。そしてあらためて気づくのだ。守らなくてはいけないこと。きちんと評価して感謝しなくてはいけないこと。そんなことが、周囲にたくさんあることを。

 ラリーが見た日本は、私たちがよく知っているようでいて忘れていた新鮮な──そして本質的な日本を教えてくれる。物語は終盤、ラリー自身の問題がフォーカスされるのだが、それもまた国の歴史と文化の物語だ。本書は決して「異文化体験記」ではない。体験記のふりをした、笑いと涙の日本文化論だ。読了後、もう一度あらためて自分の周りを見渡したくなる。そんな物語である。

文=大矢博子

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