社会

息子が認知症の父親を介護しつづけた10年の記録

『父よ、ロング・グッドバイ 男の介護日誌』(盛田隆二/双葉社)

 介護をして、初めて目の当たりにした父の姿がある。介護老人保健施設で自由に喫煙できないのを不満に思っていた父を外に連れ出し、煙草を1本渡すと、父は「おっ、ありがてぇ」といって額を手のひらでピシャピシャと叩き、手刀を切って受け取った。大正生まれでプライドが高く、家ではいつも仏頂面、息子の前ではおどけて見せたことのない父の変わりように動揺した……。

 新刊『父よ、ロング・グッドバイ 男の介護日誌』(双葉社)には、作家・盛田隆二さんが約10年にわたって認知症の父親を介護しつづけた日々が記録されている。ロング・グッドバイ、長いお別れとは英語でアルツハイマー型認知症を意味する。時間をかけて少しずつ、遠いところにいってしまう父。盛田さんが本書に着手したのは、介護の終わり、つまり父の死から3年経ってからのこと。なぜその日々を、しかも氏にとっては初めてのノンフィクション作品として書き残そうと思ったのか。

盛田隆二さん(以下、盛田)「父の介護については、実は小説として書いたこともあるんです。『二人静』(光文社文庫)という作品は、父が介護老人保健施設に入ると同時に文芸誌で連載を開始して、リアルタイムで起こったことをストーリーに落とし込んでいきました。でも、小説を書くスピードより父の認知症が進行するスピードのほうが速くて、追いつけなくなってしまったんですよ。そのうえ、介護に振り回される日々が続いて僕自身にうつ症状が出てしまい、小説を書くどころではなくなりました。だから、連載はいったん休止させてもらうことに……。その後、快復してから執筆を再開しましたが、そこからは現実とは切り離し、純粋に小説として書き上げました」

いつか書かなければならないと思っていた

盛田「今回の作品を書いたのは、『二人静』を読んでくださった編集の方から、小説としてではなく、実体験をノンフィクションの形で書いてみませんかと提案していただいたのがきっかけです。その方も、お父上の介護について考えなければならない時期に来ていて、そんなとき『二人静』を思い出したそうです。しかしながら、本書『父よ、ロング・グッドバイ 男の介護日誌』を執筆しているあいだ、自分はどうしてこうまでして家族のことを世の中に晒そうとしているんだろうという疑問が拭えませんでした。それは作家の性(さが)なのでしょうが、結局、僕としては異例ともいえる速さで書き上げたので、もしかしたらいつかは書かなければならないと心の準備ができていたのかもしれませんね」

 それは、父の介護を書き記そうとすると、必然的にもうひとりの家族についても触れなければならないからだった。精神疾患を患っている妹のことだ。母が他界してからは、父と実家でふたり暮らしをしていたが、症状が重いときはそれもままならなくなる。

盛田「妹の存在を伏せてしまうと、読む人は、『盛田はきょうだいがいなくて、ひとりで父親の世話をしていたのか?』『認知症の症状が出はじめた父親を、ひとり暮らしさせていたのか?』と疑問に思いますよね。とはいえ、亡くなった父と違い、妹はいまも生きて生活していますから、その病気や暮らしぶりについて赤裸々に書くことには抵抗がありました。でも、これを書かないかぎり、当時の僕の混乱が伝わらない。妹は病識がない(自分が病気であるという自覚がない)ので、認知症を発症する前までは父が毎日の薬を飲ませていたのですが、発症してからはそれが滞りました。そのために精神状態が極めて不安定になった妹を入院させたんですが、病院側も長期入院を避けたいので、病状が少し安定すると退院させる。そのタイミングで父も施設を退所してふたりで生活することになるのですが、思いもかけないトラブルが頻発して、そのたびに僕が実家に駆けつける……ということの連続でした」

 介護の負担が大きいのはいうまでもないが、多くの人はそれだけに専念できない。介護と仕事、介護と子育て、複数人への介護……いくつものことが重なっているのが常である。盛田さんの場合は仕事をしながらの、父と妹へのケアだった。主に自宅でできる自由業の仕事とはいえ、慣れないうちは翻弄されてばかりだった。

父らしくない態度に、言葉を失った

盛田「母は息を引き取る前に涙を浮かべて、父のことも妹のことも『全部おまえに任せてしまうことになるね』と僕に言ったのですが、いざそれが現実となってはじめて自分が介護する側なのだと思い知りました。母はパーキンソン病で入院する直前まで働き、そこからはあっという間に亡くなってしまった。それまで向き合ったことのない介護という問題が、一気に僕の肩にのしかかってきたんです」

 その相手が“父”だった。息子が母を、娘が父を介護するのとはやはり違うのだろうか。

盛田「息子が父を介護することには、独特のさみしさがつきまといます。僕は母親とは仲がよかったけど、父とは距離がありました。腹を割って話したことがない。でもだいたいの父と息子ってそうですよね? 僕自身もひとり息子の前では弱いところを見せません。しかも父は、国家公務員として働いてきたことを誇りに思っている人で、家でもいつも威張り散らしていた。それが母に先立たれた途端に気が弱くなって、目に見えて衰えていくんです。食事をすると、手が震えてボロボロと食べ物をこぼす。そんな姿を見ていたら悔しくなって、『親父、だらしないぞ!』って怒ってしまう。でも、人間、年を取れば、程度の差はあれ、誰でもそうなるんです。そのことに気づいたのは父が死んでからのことで、介護を始めた当初は僕もイラ立ってばかりでした。こんなこともできなくなったのか、しっかりしてくれよ、って。煙草1本あげただけで『おっ、ありがてぇ』というなんて、あまりに父らしくなくて言葉を失いました」

 特に最初の1年はイライラしどおしだった。しかし、そのうち「なんでも先回りしてやっておく。面倒な問題が起こる前に対処する」と自分の負担が減ることに気づいたという盛田さん。

悪いことばかりに目を向けてはいられない

盛田「たしかに手間はかかりますが、それをやればまず自分がラクになる。仕事をする時間も確保できる。次第に落ち着いていきました」

 そうやって自分のペースをつかむまでにかかる時間は、人によって違う。長引けば、肉体的にも精神的にもつらい日々となる。だからこそ介護は絶望的なものとして語られることが多い。しかし本書には、リハビリで足腰の健康を少しずつ取り戻す父の姿や、真摯に寄り添ってくれる介護職員との交流などに喜びを見出す盛田さんの姿がある。

盛田「僕にとっては47歳から57歳の10年間、何をしていても絶えず父と妹のことが頭にありました。でもそれが生活になってしまうと、悪いことばかりに目を向けていられなくなります。本書ではそんな介護のはじまりと、終わりに焦点を当てて書きました。僕たち家族に実際に起こったことを書いているので、ノンフィクションではありますが、自分自身をモデルにした小説でもあると思っています。やや大げさな話になりますが、日本文学には、夏目漱石の『道草』、志賀直哉の『和解』から大江健三郎の『個人的な体験』まで、私小説あるいは自伝的小説の系譜が脈々と続いている。そのような作品群につながるものを書きたかったという気持ちもあります。もちろん、読んでくださった方がどう受け取るかは自由ですが。いま介護をしている最中の人、すでに介護を終えた人、これから親や配偶者の介護が待っている人……それぞれの立場によって受け取り方もきっと違うでしょうが、少しでもそんな方たちの役に立てればうれしいです」

取材・文=三浦ゆえ

【information】
盛田隆二×中島京子「認知症の父との10年にわたる長いお別れ~作家の介護体験」
『父よ、ロング・グッドバイ―男の介護日誌』(双葉社)刊行記念トークショー

盛田隆二さんと、同じく認知症の父親との10年にわたる日々を連作短編集『長いお別れ』(文藝春秋)で描いた作家・中島京子さんによるトークショーが開催されます。「親の介護とは」「大切な家族が認知症になったら」「認知症の家族とうまくつきあうには」「いずれ訪れる家族との別れの覚悟とは」……家族の認知症とその介護を経験された作家のおふたりだからこそ語れる貴重なお話にご期待ください

 日時:5月28日(土) 15:00-17:00
 場所:本屋B&B(東京・下北沢) 

詳細は、本屋B&Bをチェック!



TOPICS

最新記事

もっと読む

人気記事ランキング

ダ・ヴィンチ×トレインチャンネル

特集

ダ・ヴィンチニュースの最新情報をチェック!

ページの先頭へ