機関車の汽笛がウォホポーッ! エロのメタファーが今読んでも面白い、宇能鴻一郎の官能小説

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/14

手の甲にキスなんかされたの、生まれてはじめてなんです。
映画では、よく、見るけれども。
ゾクッ、としちゃった。しびれが、手の甲から、お乳の先に、走るみたいな気持。
それも、唇をくっつけられるときより、離されたあとの方が、感じたんです。

冒頭から「何を言っているんだお前は」という文章で恐縮だが、これは今年に再刊された宇能鴻一郎の官能小説『むちむちぷりん(徳間文庫)』(徳間書店)からの引用だ。

宇能鴻一郎は芥川賞の受賞後、70年代頃から官能小説の世界に身を投じ、「あたし、~~なんです」というフレーズで一世を風靡した伝説の作家。「ヒロインの告白調の文体」「独創的なオノマトペの使い方」「意表をついた句読点の配置」などの特徴を持つその文章は、今読んでも面白い。

その代表作『むちむちぷりん』の主人公「あたし」は、会社員の夫がいる専業主婦。題名の通り、ムチムチでプリンプリンな体つきで、エッチなことが大好きだ。しかし夫は仕事が忙しいため、夜の相手はしてくれたり、してくれなかったり。そんな中で、家を訪ねてきた夫の上司や、飛行機で隣に座ったビジネスマン、機関車の運転士、絵画教室の先生などと情事に及んでしまう……。

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「AVかよ!」と言いたくなるような設定だが、この小説はもともと1985年刊行。むしろ昨今のAVのほうが、このような官能小説の影響下にあるのだろう。

なお、事に及んでいる場面はさすがに紹介できないが、明らかにエロいことのメタファーになっている部分を引用しよう。例えば、走る機関車を描いた以下の場面。

グワッシュ、グワッシュ、グワッシュ。
大きな車輪を、鈍く光る鉄の棒が、こづきまわして、回している。
その前のシリンダーに、棒ゆっくりと出入りして、前後運動をしてるんです。
機関車は、はるか向こうでもう一度、
ウォホポーッ
と、くもった冬空に、別れの雄たけびをひびかせた。
そのまま、小さくなっていってしまったんです。

安っぽい映画では、情事の場面が「汽笛を鳴らす機関車」「ロケットの発射」などの映像で代用されることがあるが、それを文章でやられると何ともおかしい。それにしても「ウォホポーッ」という擬音語は最高だ。ちなみに本書の「わたし」は、この機関車を見た後、運転士と「連結、完了」「出発、OKよ」なんて言いながら事に及んでいる。コントかよ!

料理を食べる場面も引用しよう。

主人、餃子を手にもって、よじれた合わせ目を、口にあてたんです。
ハモニカをふくみたいに。
で、
ジュッ
と、音を立てて、中の汁を、吸い込んだ。
「ふーん。おいしい? そんなことして」
「おいしいというより、ヘンにエッチな感覚だな」

「お前が変でエッチなだけだろ! ていうか普通に食えよ!」とツッコミたくなるが、この後で予想通りにエロい展開になっていくので、そんな怒りは消え去ってしまう。面白いぞ、官能小説!

文=古澤誠一郎