文芸・カルチャー

「中年体育」は楽しくないから続く?! 運動嫌いの作家・角田光代さんの運動エッセイ『なんでわざわざ中年体育』

『なんでわざわざ中年体育』(角田光代/文藝春秋)

 学生時代の運動経験はまったくないが、10年ほど前からボクシングジムに通っている。プロを養成するジムなので練習はきつく、楽しいと思ったことはあまりない。だが周りを見回してみると、自分を含めて中高年の会員が実は結構いる。

 居酒屋の「テンチョー」、大学生の娘を持つ「カトウ氏」、外資系企業勤務の「ミトさん」、公務員の「イチカワさん」……。アラフォー以上の彼らは試合に出たいわけでも、ダイエットをしたいわけでもないのに、ジムに来ては黙々と練習している。彼らはこの先、どうなりたくて練習しているのだろう? 老いとの戦いが目的なのだろうか?

 43歳でフルマラソンに出場した作家の角田光代さんは、2011年から2015年までの運動記録をまとめたエッセイ『なんでわざわざ中年体育』(文藝春秋)で、中年の自分が体育にいそしんでいることについて、こう言っている。

もし20代の私が体育にいそしむ中年の自分を見たら、「イタい」と思うだろう。「痛い」ではない「イタい」である。年齢や、老いや、生活習慣病に、必死で抵抗しているように見えたと思う。

 そしてその直後、こうも書いている。

でも、違うんだなあ。

一番興味を引かれるのは、「体力作りに有効かどうか」ではなく、「自分にできるかどうか」なのだ。できると、「えっ本当に?」と驚くし、できなければ、「やっぱりそうだよな!」と笑いたくなる。そしてやっぱり驚くのは、中年になって(からはじめて)もできることがある、と知ることだ。

 2011年2月、「走ることが好きではない」と何度も語る角田さんは43歳で東京マラソンに参加し、その年の冬には那覇マラソンにも挑戦している。街頭でランナーに配られている沖縄そばやサーターアンダギーを横目に、チューペット状のアイス、その名も「チューチュー」とコカ・コーラを味わいながら4時間40分47秒で那覇の街を完走した。同書ではその時のエピソードはもちろん、高尾山トレイルランニングやボルダリング、ロッテルダムマラソン、棒ノ折山登山などにチャレンジした模様が角田さんの視点で描かれている。

 ワインを飲みながら美しい景色が堪能できる「メドックマラソンinボルドー」の回は楽しそうだが、いずれも「ちょっと運動したい」程度では音を上げてしまいそうな、本格的なものばかり。なのに「走るのは相も変わらず嫌いだ」と言いながら、きっちりコンプリートしている。どうして嫌いなのに、途中で投げ出さずにいられるのだろうか? 角田さんは、このように言っている。

嫌いだと自覚しているから続けられることもある。

 確かに中年体育は嫌いだからこそ、楽しくないからこそ続くのかもしれない。自分の話をすると私も運動が嫌いだし、できることならあまりやりたくない。しかし数日間練習しないと、身体がなまるようになった。それをほぐしたくてジムに行き、いつもよりも少し長めにミット練習ができるとちょっと嬉しくなる。同様に周りの中年ボクサーたちも、「きつい~!」と言いながらスタミナが持つと嬉しそうにしている。

 角田さんは巻末で「中年体育心得8カ条」 を紹介しているが、その中に、

・高い志を持たない
・ごうつくばらない

 というものがあり、たとえばマラソンなら「とりあえず歩かないようにしよう」くらいの、低い志の方が長く続けられ、また「痩せる、体脂肪を落とす……その運動を介して新しい出会いを求める……等々、何か得しようとすると、挫折は早まります」

 と言っている。確かにわがジムも「あと○キロやせる」「○月までにアマチュア戦に出られるようになりたい」「水着に向けてウェストを絞る!」と高らかな目標を掲げて入会した人は、ほとんどが短期間で姿を消した。残った中年はプロになるわけでもなければ、確たる目標もない。だけど今日も来てしまう……といった人ばかりだ。私自身も時々「何のためにボクシングを続けているのか?」と悩んでしまうことがあったが、この本により迷いがふっきれた気がする。

 中年体育者(決して「アスリート」ではない)が読めば元気づけられ、「マラソン、やってみようかな」などと思っているならポンと背中を押してくれる。角田さんの頑張りと紡ぎ出す言葉には、そんな力がある。数十年後に出るかもしれない続巻『老人体育』にも、ぜひ期待したい。

文=玖保樹 鈴

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