「最後の遊郭」をも中国人爆買いの猛威が襲う――飛田新地は新たな問題にどう立ち向かうか?

社会

公開日:2017/3/29

『飛田をめざす者 「爆買い」来襲と一〇〇年の計』(杉坂圭介/徳間書店)

「爆買い」をはじめとして、マナーの悪さが指摘されることもある中国人観光客だが、日本経済にとっては重要な顧客となっているのも事実だ。中国経済の好景気の終焉を予想する報道も多いものの、全国の観光地が外国人対策を考え、少しでもマナーを守ってもらいつつ消費活動をしてもらおうと考えている。

 そして、それは歓楽街でも例外ではない。日本最後の遊郭と呼ばれる、大阪の飛田新地でも外国人観光客との向き合い方に頭を悩ませている。『飛田をめざす者 「爆買い」来襲と一〇〇年の計』(杉坂圭介/徳間書店)は飛田でスカウトマンや経営者として活躍してきた著者が感じた、飛田新地の現在地を浮き上がらせる一冊である。

 飛田新地とは「料亭」と名乗った遊郭が通りにずらりと連なった歓楽街だ。それぞれの玄関先には女の子とオバちゃんが座っている。女の子は自ら口を開くことはなく、呼び込みはオバちゃんの仕事である。そんな飛田のユニークな景観がテレビドキュメンタリーで放映されたこともあって、近年、足を運ぶ人が増えた。彼らは店には上がらず、観光客として飛田を楽しんでいるのである。

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 しかし、どうして外国人まで飛田新地を知るようになったのか。なんと、中国の観光ガイドブックには飛田新地が掲載されており、そこで興味を持つ人が続出しているというのだ。最後の遊郭として認知度は高いとはいえ、売上は減少傾向にある飛田からすれば、中国人観光客をどうやって取り込むかが重要な問題として浮上してきた。

 それでも、他の観光地と同じく飛田新地でもトラブルは続出する。経営者視点で語られるエピソードの数々はリアルで興味深い。風俗にも心の交流を求める欧米人と違って、中国人は割り切った性欲処理をしに店を訪れる。そのため、女の子への態度も横柄で、乱暴になりがちなのだという。また、外国人の感覚では風俗でコンドームをつける感覚が理解できず、「生」で行為に及ぼうとするケースが後を絶たない。性産業への価値観の違いから、中国人をNGにしている女の子も珍しくない。

 そこで著者は、外国人対応の具体策として、外国人向けの案内所を設営したり、外国語の料金表やマナー警告を増やしたりすることを提案する。こうしたトラブルシューティングは風俗に限らず、2020年東京オリンピック開催に向け、外国人観光客が増える状況下でますます必要とされるだろう。

 一方で、日本人からしても他山の石とすべき問題も見られる。女の子が上から目線で説教をしてきた中国人に腹を立てたというくだりがあるが、無意識のうちに性産業で働く人間を見下してしまうのは国籍など関係ない男の性なのだと考えさせられる。また、女の子から苦労話を無理やり聞き出すことで、「女性をサポートしている」と悦に入ってしまう客もいるという。風俗に来る後ろめたさを払拭するために、大義名分がほしいのだろうと著者は分析する。メディアが飛田の歴史を報道し、関心が集まる中でも依然、人々の差別意識は払拭されていない。男性なら特に、自分の心を省みたくなる箇所である。

 著者が関わってきたのは「姉系通り」と呼ばれる一角で、30代以上、いわゆる「熟女」と呼ばれる女の子が集まってくるのが特徴だ。「メイン通り」「青春通り」と呼ばれる若い女の子が並んでいる一角と比べると、ルックスは落ちるかもしれない。しかし、そのぶん、姉系通りの女の子たちは逞しく、お客さんへの態度もいい。借金や男など、酸いも甘いも経験した年齢だからこそ、ルックスに頼らなくても男性の心を虜にできるようになったのだ。

 そんな彼女たちの生き方からは、飛田が直面している大きな転換期を乗り越える力が見えてくる。コミュニケーションが取りにくい外国人も受け入れ、時代に対応しようとする女の子たちの心の強さは、ときに驚異的ですらある。

「落ち込んでばかりいられない。生きていかなきゃいけないんだ。」

 著者が感じとった教訓は、読者の胸にも熱く響くだろう。

文=石塚就一