センテンススプリングが火をつけた『不倫は許すまじ』という空気はどうなの? 「文春砲」を林真理子が独自の視点で一刀両断!

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/12

『下衆の極み』(林真理子/文藝春秋)

2016年は、『週刊文春』から目が離せなかった。ベッキーをはじめ、桂文枝、乙武洋匡など著名人の不倫や経歴詐称、政治家の金銭問題などスキャンダルスクープを連発し、“文春砲”と恐れられた。年間で、なんと4回完売したという。もちろんこれまでも、信頼性が高くブレない週刊誌として一目置かれる存在ではあったが、2016年で週刊誌を読まない若い世代にも一気にその名を知らしめたのは間違いない。

そんな『週刊文春』で33年以上連載され続けている、林真理子の人気コラムの単行本化、その30冊目が『下衆の極み』(林真理子/文藝春秋)だ。タイトルは文春砲が原因で一躍(悪い意味で)有名になった某バンドのボーカルを思い出させる。著者の歯に衣着せぬ物言いから、過去には炎上したこともあるこの連載コラムだが、2016年1月から2016年12月までの連載をまとめた本作でも、マリコ節は全く衰えを見せない。トランプを大統領に選んだアメリカへの不安を吐露したり、知事選を独自の視点で分析したり……ギリギリのコメントに夢中になって、ついページをめくってしまう。

中でも、不倫に対する視点は面白い。「センテンス・スプリングが火をつけた、『不倫は許すまじ』という空気は何とかしてほしい」(「センテンス・スプリング」)と言うくらい、不倫に基本的に寛容なのだ。2016年の『週刊文春』では特に、不倫スキャンダルが多く報じられた。「奥さんには気の毒」と妻の気持ちに配慮を見せながらも、「女たらしという乙武君の行為は、どれだけ多くの障害者の人たちを力づけたことであろうか」(「乙武君へ」)と発言し、「ベッキーちゃんは可哀想である(中略)……四ヶ月か五ヶ月の差で『不倫』のレッテルをべったり貼られてしまった。ついてない」(「同じ穴の…」)と同情する。不倫は断固反対派の私だが、「いいイメージを持っている人が、ちょっとミスをすると、みんな『それみたことか』の大合唱。こういうのって本当にイヤ」という記述にはつい頷いてしまった。そして興味深い不倫論は巻末まで続く。巻末の柴門ふみとの対談、「『不倫』はやっぱり文化だ!」までしっかりと読んでほしい。

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そして林氏のエッセイのすごいところは、好き放題書いているように見せかけて、私たちに“気づき”をもたらす点だ。たとえば、銀座の有名なお鮨屋さんを予約したにもかかわらず平気で無断キャンセルする中国人を発端に、“予約した以上はどんなことがあっても行く”という自身の男気あふれるエピソードを披露したり(「河豚の予約」)、若き日に作家・筒井康隆の名前をどうしても思い出せず、本人に直接聞いてしまった失態を悔やみ、「お名前は?」と人に尋ねる前にまず努力をする、と明かしたり(「お名前は?」)。無断キャンセルも、人に簡単に名前を聞くことも、一つ一つはどこにでも転がっていそうな些細な出来事だが、林氏はそれを見逃さない。見逃さずに書くことで、本当は見逃してはいけないことなのだと私たちに教えてくれる。

33年目の長寿連載に今更だが、改めて「週刊文春×林真理子」は最強の組み合わせではないかと思う。2017年は『週刊文春』の記事を読んで驚き、しばらくしてその話題に言及した林真理子のエッセイを読んでニンマリする、というのが新たな楽しみになりそうだ。

文=佐藤結衣