伊集院静「大人の流儀」シリーズ最新刊のテーマは“別れ・死”―さよならから本物の人生は始まる

暮らし

2017/4/3

『さよならの力 大人の流儀7』(伊集院静/講談社)

 物心がつき、死というものを知ったときから自分が死ぬその日まで、人間は死と向き合って生きている。「いつか必ず自分が死ぬこと」「生き物が皆死を迎えること」を理解し、意識して生きている生物は、人間だけだ。それでも正気を保って生きていられるのは、死への恐れに勝る喜びや楽しみや感動が、日々の暮らしの中にあるから。そして、人は別離の哀しみさえも生きる力に変えられるからだ。

『さよならの力 大人の流儀7』(伊集院静/講談社)は、『週刊現代』にて連載中のコラム『大人の流儀』掲載分に書き下ろしを加えた累計165万部超の国民的ベストセラーシリーズ第7弾。同シリーズは「人生は捨てたものでもない、あなた次第で、いくらでも変えられる」をコンセプトとしており、第7弾は「別れ」や「死」といった「さよなら」をテーマにつづられ、哀しく切ない、そして優しさに満ちている。

 海難事故で帰らぬ人となった当時十七歳の弟の果たせなかった夢、二十七歳で病に奪われた前妻との哀しい花火の思い出。最後まで物書きという職業を認めてくれなかった実の父親の最期の教え、手紙をきっかけにサイン会を開くことになった東京の大型書店の店員A子さんの仕事への真摯な姿勢、愛犬アイスとの別れ、幼い頃に兄貴分として面倒をみてくれたトミちゃん、氏が名付けたあだ名を本当に墓石に刻んだという“韋駄天のハヤ”……様々な事情で“さよなら”しなくてはならなかった人々のエピソードが並ぶ。

 そして、その哀しみを口にすると、そばにいる人たちもまた、自らの哀しみを打ち明ける。

ふしあわせのかたち、情景は同じものがひとつとしてない。
私たち人間の“生”は、哀しみに満ちあふれているのではと思うことがある。

 そう記す伊集院氏の文章は、どんなに明るい話題だとしても、どこか寂しげで、儚さが滲む。数多くの別離を重ね、哀しみの淵をさまよった経験から、自らの生が常に死と隣り合わせであることを忘れないように、忘れてはいけないと自らに課しているかのようだ。

 だがそれは、寂しさや切なさと言った「苦み」のようなもので、決して諦めや絶望や諦観といった「闇」ではない。読後、心に小さな炎が灯ったような熱があることに気付く。決して甘くはない世界だけれど、そこには哀しみにも負けない、大きな喜びがある。だから生き抜け、と励まされる。哀しみを忘れられなくても、生きてゆくしかないと。

苦しみ、哀しみを経験した人たちには、懸命に生きねばならぬ理由があるからだ。
それは何か? 別離した人々が、いつまでも身体の中に生きていて、その人の生の力になっているからだ。

 残された人たちが懸命に生き、思い出す限り、さよならしなくてはならなかった人たちの“生きていた力”は消えることがない。だから。伊集院氏の文章には、哀しみ以上に強い“生”があふれている。

「サヨナラニモ、チカラガアルンダヨ」

文=水陶マコト