辻村深月の集大成にして最高傑作! 二度読み必至の、ファンタジックミステリー『かがみの孤城』発売記念インタビュー

文芸・カルチャー

2017/6/6

デビュー以来、少年少女が抱く痛切な叫びや、自意識の檻に閉じ込められたもがきを描き続けてきた辻村深月。最新刊『かがみの孤城』(ポプラ社)は、彼女の原点ともいえる10代密室群像劇。「辻村さんの到達点にして最高傑作」「みんなの夢中になったあの世界が、さらに果てしない包容力を持ち帰ってきた」と先読み書店員も絶賛した本作について、『ダ・ヴィンチ』本誌で語った辻村さんの、さらにこぼれ話をくわえてここではご紹介しよう。

言葉が伝わるかどうかということに、大人も子供も関係ない

『かがみの孤城』(ポプラ社)「もし過去の自分に一冊だけ本を贈れるとしたらこれがいいなって、書き終えてみて思いました。読者だった頃の自分に「大人のくせにやるじゃん」って思ってもらえたら嬉しい。」

と、辻村深月さんが満を持してお届けするのが『かがみの孤城』。主人公の安西こころは中学1年生。入学早々、あることが原因で学校へ行けなくなってしまうのだが、5月のある日、部屋の鏡が突然光り出したことで彼女の時間は再び動き出す。鏡に引きずり込まれてたどりついた先は、見知らぬ孤城。狼面をつけた女の子の指令で、自分と同様、学校に行けていない6人の中学生とともに、こころは、どんな願いも叶う部屋の鍵を探すことになる。

「友達とうまくやれなかったり、学校に行けなくなってしまったり。10代の子たちが、みんなと同じ、“普通”のことができないという生々しい現実に直面したとき、大人になることそのものを恐れる気持ちが生まれることもあると思うんですよね。大人になるというのはすなわち、未来に進むということだから。死という選択肢を選ばずに済んだとしても、傷を解消しきれずに、どこか未成熟なまま大人になってしまった人たちは、少なくないんじゃないかと思います。主人公のこころは中学生だけど、本作では、かつてこころのような中学生だった大人たちに対しても、大丈夫だよ、大人になってもいいんだよ、と言ってあげられる小説になればいいなと思いました」

こころを案ずるお母さんや、学校に行けなくなった子供たちが集まる「スクール」のカウンセラー・喜多嶋先生。中学生たちだけでなく、大人たちの葛藤や寄り添う想いが描かれているのも本作の特徴だ。

「これまで書いてきた10代の小説では、私自身が、圧倒的に子供に近い立場にいて。大人を描くときは、何もわかってくれない“悪”としてためらいなく拒絶するか、あるいは、子供のほうが大人の気持ちを慮りすぎたせいで手出しできなくなってしまうか、そのどちらかでした。でも、いま自分が大人と言われるような年になって思うのは、どんなに偉そうにしていても、みんなかつては子供だったんだということ。自分の気持ちをわかってもらえないのは、相手が大人だからではなく、ただ自分とは見ている世界がちがうからなんですよね。こころが同級生の美織に『言葉が通じない』と絶望したのと同じ感情を、大人にも持つことがあるというだけ。つまりは大人のなかにも、同じように苦しみぬいて現実を通過してきたからこそわかってくれる味方がいるはずなんですけど、大人はどうしても子供に比べて日々起こることの分母が大きいから、子供にとっての重大事をそうとは認識できずに受け流してしまいがち。10代の読者には、そういう大人の現実をわかってもらえたらうれしいですし、大人の読者には、自分たちも彼らのうちの一人だったよね、ということを思い出してもらいたいと思いました。そうすることで双方が、大人や子供という枠組みをこえて心を通わせられるんじゃないのかと」

正解なんてどこにもないと、大人にも子供にも知ってほしい

本作は、自分ではどうにもならない現実に10代の少年少女がもがきあがく物語――かと思いきや、かつて辻村さんの言う“彼らのうちの一人だった”大人たちを救う物語にもなっている。その反転を起こすのは、ラストで明かされる秘密の暴露。ミステリーを書き続けている辻村さんならではの大胆な仕掛けだ。

「でも実は、最初は何にも想定していなかったんですよ。私の小説は、決めたテーマに向かって全力で走ったら、たまたま仕掛けができあがっていた、ということがほとんどで。まぐれあたりと体当たりの繰り返し(笑)。オオカミさま(狼面の少女)の正体も、途中で『あ~、そうだったんだ!』って気づきましたし、こころ以外の6人がどういう事情と想いを抱えて孤城にいたのかなんて、最後の最後に描写するまでわかりませんでした。自分で書いていて何を言ってるんだと思われるかもしれませんが、すべて、書きながら思いつく、というよりも“腑に落ちていく”という感覚に近くて。本作は5月から、鍵探しの期限でもある翌年3月までの1年間を描いているんですけど、私が真相に気づきはじめたのは、夏休みくらいでした」

ここが、本作を「二度読み必至」と謳う所以だ。辻村さんの無意識で張り巡らされていた伏線は、中盤以降、加速度的に回収されていく。そして真実を知ったあとに本作を読み返すと、些細な描写がまるでちがった景色として映りだすのだ。

「最近書いてきた大人を主人公とした物語では、そんなに予測不可能なことって起きないんです。だけどやっぱり、10代の子たちはちがいますね。私の手を飛び越えて、本人たちがしっかり動いてくれる。誰一人として物語のためには存在していない、そのことがとてもうれしかったです」

全員がそれぞれの人生を生きているからこそ、生まれる理不尽や葛藤。大人が単純な敵ではなくなったことで、善意にも正義にも正解はなくなった。だからこそこころたちは、迷い続ける。自分たちはどんな未来を選んでいくべきなのかと。

「私たちは、どこかに正解があるという教育をされてきていますよね。だから、自分とはちがう世界を見ている人たちに遭遇したとき、苦しくなる。だけど、そんなものはどこにもないんだということをまず知ってほしいと思います。子供たちにも、大人たちにも」

取材・文=立花もも