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お笑いが標準語主義を変えた? たけしやさんまの「ことば」の影響力

『お笑い芸人の言語学: テレビから読み解く「ことば」の空間』(吉村誠/ナカニシヤ出版)

「標準語」としてドラマや映画、あるいはアニメで話されている言語に違和感を持ったことはないだろうか。どこかよそよそしく聞こえる「標準語のようなもの」は、日本人の日常との距離が感じられてならない。そう、多くのメディアで「標準語」とされてきた言葉には生活感がないのである。

 こうした背景には書き言葉を偏重してきた国語教育の弊害があるのではないか。明石家さんまら多くのお笑い芸人と交流があり、「M-1グランプリ」創設時のプロデューサーも務めた吉村誠氏は著書『お笑い芸人の言語学: テレビから読み解く「ことば」の空間』(ナカニシヤ出版)の中で、日本人の言語空間を見つめ直す。自身がかつて深く関わってきたテレビ界から分かる「ことば」の移り変わりは、「標準語」優位の国語教育に一石を投じるだろう。

 インターネットが普及し、情報源として一般化された現代ではあるが、それでもなおメディアの王様は、吉村氏が主張するようにテレビと言っていいだろう。そして、テレビで使われてきた「ことば」には日本人の言語感覚が反映されている。

 かつてテレビに出演している芸能人がこぞって標準語を話していた時期があった。たとえば、福岡県出身の松田聖子は今も昔もテレビ出演の際、標準語以外の「ことば」を話すことが滅多にない。テレビに出るからには標準語を話すのが当たり前、という暗黙のルールが存在していたのである。

 こうした標準語の優位性が顕著になったのは、明治時代に遡るという。欧米の脅威にさらされ、国民意識の向上を狙い、政府は国語教育を強化した。結果、「標準語」の概念が生まれ、日本中に浸透していく。太平洋戦争後、中央集権的な経済効率主義を求め、ますます東京の権威は強まっていく。そして、放送メディアにおいても標準語が基準となり、地方出身のアナウンサーや俳優はまず、訛りを克服することを強いられるようになった。

 テレビ業界の標準語主義は尾を引き、『北の国から』や『おしん』といったドラマでこそ地方の「生活ことば」が用いられていたが、基本的には台本に書かれている台詞を演じているだけであり、俳優が自らの出身地の「生活ことば」を話していたわけではなかった。

 そんな状況を変えたのがお笑い芸人・ビートたけし、明石家さんまらの登場である。ビートたけしは紛れもない東京出身者であったにもかかわらず、話す「ことば」は美しい標準語からは程遠い、下町の言語だった。ビートたけしは「標準語=東京語」という思い込みを「ビートたけし弁」によって払拭したのである。日本社会の欺瞞性を炙りだすビートたけしの「ことば」を吉村氏は「生活思想性」において優れていると解説する。

 一方、明石家さんまが示すのは「ことばの身体性」だ。標準語だらけのテレビ界に関西弁で殴りこみ、身振り手振り、表情を交えて共演者の心を開かせるさんまの姿は、読み書き中心の国語教育では教えられない「生活ことば」の強さを証明している。若手時代、さんまは欧米のスポーツ番組を徹底的に視聴し、インタビュアーがどうやって選手の本音を引き出すかを研究したという。「装われたことば」を一瞬ではがしてしまうさんまの話術は、鎧の下にある「生活ことば」の面白さを視聴者に知らしめてくれたのだ。

 地方出身者たちが方言を隠さずにトークする『秘密のケンミンSHOW』、飾らない「ことば」の節々から芸人の人間性がにじみ出る『アメトーーク!』、オネエ言葉の女装家と関西弁のアイドルという一昔前では考えられない組み合わせがMCを務める『月曜から夜ふかし』など、現在のテレビ界には豊かな「生活ことば」があふれている。本書を読めば、読者の地元の「ことば」への愛着も深まることだろう。

文=石塚就一

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