社会

なぜ、「ブラック部活」はなくならないのか

『部活があぶない(講談社現代新書)』
(島沢優子/講談社)

 部活中の体罰や死亡事故などがたびたび取り上げられ、部活の必要性や在り方が問われている。

 日本では多くの中高生が参加している部活。人間教育などの面で一定の役割を果たしてきた。『部活があぶない(講談社現代新書)』(島沢優子/講談社)によると、今後、部活はますます大きな役目を果たしそうだ。

 2020年度から現行のセンター試験は廃止され、「大学入学希望者評価テスト(仮称・新テスト)」がスタートすることになっている。従来型の知識重視の試験から思考力・判断力・表現力を問う内容に転換するのが目的だ。
 新テストと同時に、国立大学が独自に行う個別入試では、人物重視の多面的な評価への転換が予定されている。評価項目は、受験生の部活や就業体験、ボランティア活動など。そのなかでも中高生がたやすく実践できるのが部活だろう。
 そのような中で、部活に入らない、という選択肢は親子ともになかなか取りにくくなることは想像に難くない。

 受験の評価対象になるかもしれない部活。これに、本書は警戒を示す。本書によると、事故や事件が取り上げられるように、部活は年を追って“ブラック化”している。部活はすでに(1)長時間拘束、(2)顧問による暴力、嫌がらせや暴言、(3)上級生からのいじめがあるのに顧問が放置している、などのブラックな体制ゆえの事例が頻発している。部活が受験の評価対象となることで、さらに指導の過熱をはじめとしてブラック化が深まっていくのではないか、というのだ。

 ところで、なぜ、部活はブラック化しやすいのか。本書は、人が持つ恐怖と生存本能に基づく「自己欺瞞的心理操作(セルフ・マインドコントロール)」が働くからだと説く。

 生徒たちは、暴力をふるう顧問を恐れながら、部活という場所で何とか生き抜こうとする。よって「顧問は私たちのために厳しくしてくれている」と思い込もうとする。そう解釈しないと耐えられないからだ。たとえば殴られまいと必死でやったプレーを認められると、顧問を「いい先生だ」と評価してしまう。

 このような状態から、部活内にいじめや体罰がはびこったり、ときにセクハラや強制わいせつ事件が起こったりしてしまうという。

 本書によると、中学校で部活に入る前に、一定数の子どもが少年野球や少年サッカー、ミニバスケットボールなどの少年団やスポーツクラブで“ブラックな要素”に触れ、技術を磨く。そういった子どもが中高の部活で部長やエースとして部活を引っ張り、部活のブラックな体質を当たり前の空気にする。ブラックな部で顧問の暴力や暴言、理不尽な指導、先輩に対しての絶対服従の風習などを受け入れた彼らは、すぐにバイトが決まる。ブラックバイトであっても耐え忍ぶ。やがて、ブラック企業を支える人材になり得る。

 ブラック部活が、日本のブラックな雰囲気を下支えしているかもしれない。

 ブラック部活を解消するために保護者ができることはある。本書によると、それは2つの「主義」を卒業すること。1つ目は「結果主義」。試合などの結果に対し保護者が一喜一憂していると、この熱が顧問を刺激し、勝利至上主義を基にした厳しい指導を誘発する。勝った負けたで一喜一憂せず、負けたときは勝ったとき以上に子どもが成長するチャンスと捉えたい。

 2つ目は「わが子主義」。わが子しか見えなくなると、「わが子さえよければいい」という態度や考え方が子どもに伝播し、子どもの間でいじめや排除が起こるようになる。すべての保護者が「わが子」でなく「チーム」を応援したい。

 部活には「仲間を感じること」「他人とリスペクトし合うこと」などの良い面もたくさんある。今が、部活の今後の在り方を決める大切な時期のようだ。

文=ルートつつみ

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