『花束は毒』著者の名作が復刊! 法の盲点を衝く大どんでん返しリーガルミステリー

文芸・カルチャー

公開日:2022/7/19

黒野葉月は鳥籠で眠らない
黒野葉月は鳥籠で眠らない』(織守きょうや/双葉文庫)

 すべてをかけて誰かを愛した時、法律はその味方になってくれるだろうか。多くの人にとっては味方になるはずの法律も、時として私たちを苦しめることもあるのかもしれない。

黒野葉月は鳥籠で眠らない』(織守きょうや/双葉文庫)は、新米弁護士が一筋縄ではいかない依頼人と対峙するリーガルミステリー。『花束は毒』(文藝春秋)で話題の織守きょうや氏による連作短編「木村&高塚弁護士」シリーズ第1弾が新装版として復刊された。この作品には『花束は毒』同様、「毒」と呼ぶべき、とんでもない罠が隠されている。読めば、思いがけないどんでん返しと感動の結末に誰もが驚かされることだろう。

 主人公は、新米弁護士の木村龍一。弁護士事務所に勤める彼は、有能な先輩弁護士・高塚智明に助言を仰ぎながら、難儀な依頼を解決していく。

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 たとえば、表題作では、木村は、15歳の少女・黒野葉月に淫行を働いたとして逮捕された元家庭教師・皆瀬理人の弁護を担当する。被害者の両親は、皆瀬が葉月に二度と接触しないことを条件に示談に応じる構えをみせるが、皆瀬はこれを拒否。このままでは起訴され、犯罪者として裁かれてしまうのに、示談を受け入れない皆瀬に木村は困惑する。おまけに、木村の事務所に、被害者であるはずの黒野葉月が乗り込んでくる。「だってあの人、童貞だよ」「私とセックスしたと思われてつかまってるなら、あの人が童貞だって立証できれば無罪になるんじゃないの」。性交渉があったことを否定し、すべて誤解だという彼女は、何を考えているのか分からない。どうにか皆瀬を無罪にしたいという気持ちはあるようだが、自分のせいで皆瀬が裁かれようとしている罪悪感や不安を感じているようには見えない彼女の勝ち気な態度に木村はさらに頭を抱える。

 法律では人の内面は量れない。葉月と皆瀬の中にもし真剣な思いがあったとしても、成人の家庭教師と未成年の生徒である以上、法律はふたりを阻む。だが、葉月は法律の目をかいくぐってでも求めるものを手に入れようとあがくのだ。それは、他の短編に登場する依頼人たちも同様だ。息子の心臓手術の費用を工面するため、かつて自分を捨てた資産家の父から金を盗もうとした、木村のロースクール時代の同期。妻に浮気されたことが原因で離婚を望みながらも、慰謝料は要らないから一人娘の親権だけが欲しいという男。財産の整理を進めながら、娘とかなり親密な関係を築き上げている世界的な芸術家…。この本に収められた4つの物語の依頼人にはみな切実な願いがあり、彼らはその願いを叶えるために法律の規定を逆手にとろうとする。

 そんな依頼人たちに、まっすぐな新米弁護士・木村はいつも都合よく利用されてばかりだ。依頼人のためにできることはないかと思考をめぐらすが、木村は結局は依頼人たちにいいように使われ、時に裏切られる。法律の盲点を衝くような解決策と、依頼人の揺るぎない決意に愕然とする木村同様、私たちもあまりにも鮮やかなどんでん返しに「やられた」と呆然とさせられてしまう。

「ただ、覚えておけばいいよ。絶対に欲しいものが決まってる人間が、どれだけ強くて、怖いものかを。」

 まさにこの物語に描かれているのは、欲しいものを手に入れるためならなりふり構わない人間たちの強さであり、恐ろしさだ。リーガルミステリーでありながらも、ラブストーリー的要素のあるこの物語にきっとあなたも圧倒されることは間違いない。すべてをかけて人を好きになるというのはこういうことなのかと、思い知らされるに違いないだろう。

文=アサトーミナミ

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