沖縄近海の沈没船から数億円の美術品が!? 凸凹刑事コンビがトレジャーハント詐欺を追う! 『桃源』

文芸・カルチャー

公開日:2022/9/16

桃源
桃源』(黒川博行/集英社)

「疫病神シリーズ」の最凶コンビ、「堀内・伊達シリーズ」の元マル暴刑事コンビなど、アクの強いバディものを書かせたら天下一品! そんな黒川博行さんが、またしても魅力あふれる刑事コンビを世に送り出してくれた。『桃源』(集英社)は、黒川さんが三十余年ぶりに挑んだ「正統派」警察捜査小説。2019年に刊行された同作が、このたび文庫化される運びとなった。

 今回の主役は、大阪府警泉尾署の刑事・新垣遼太郎と上坂勤のふたり。詐欺や贈収賄などの金銭犯罪、企業犯罪を扱う捜査二係に所属する30代のコンビだ。彼らが捜査にあたるのは、解体業者・比嘉による金銭の持ち逃げ事件。新垣たちが勤務する泉尾署の近くには、沖縄出身者が数多く住んでおり、彼らはグループで毎月金を出し合い、欲しい人間から順に落札する「模合(もあい)」という相互扶助システムを築いている。ある時、比嘉は模合で集めた750万円を持って失踪。仲間からの告訴を受け、新垣と上坂は彼の行方を追うことになる。

 やがてふたりは、比嘉が暴力団構成員・荒井とともに沖縄に向かったという情報をつかむ。沖縄本島、宮古島、石垣島、奄美大島と比嘉たちの足取りを追ううち、浮かび上がってきたのは沈没船の引き揚げをめぐる出資詐欺。沖縄近海と言えば、かつて日明貿易で中国の交易船が行き交っていた海域だ。しかし、潮の速さに飲み込まれ、高価な積み荷ごと沈んでしまう船も少なくなかったという。比嘉たちは、こうした沈没船から希少な中国陶磁器を引き揚げるという触れ込みで、出資詐欺を行っていたのではないだろうか。新垣と上坂は、沈没船詐欺をめぐる欲にまみれた人間模様をひもといていくが……?

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 大掛かりなトレジャーハント詐欺の真相も気になるが、新垣&上垣の息の合ったコンビネーションも読みどころだ。「遼さん」こと新垣はシュッとしたモテ男、「勤ちゃん」こと上坂は映画好きで大食らいの陽気なぽっちゃり男という凸凹コンビだが、相性はぴったり。「模合て、聞いたことあるか」「知ってますよ、イースター島」「それはモアイや」と漫才さながらの軽口を叩き合いながら、足を使った堅実な捜査で事件の全容に迫っていく。

 中でも上坂は不思議な愛嬌があり、読み進めるうちにだんだん愛着が湧いてくる。大学時代は脚本家を目指したほどの映画好きで、何かにつけて映画談義を始めるのだが、これが実に面白い。彼が太鼓判を押す『殺したい女』と『逆噴射家族』は、「今度観よう」と思わずメモしてしまった。失恋エピソードも豊富で、新垣から「上坂勤のトホホ行状記、シナリオにせい」と言われるほど。沖縄では暴飲暴食が過ぎたのか、痛風を発症して黄色いサンダル姿で訊き込みするのも情けないやらおかしいやら。そんな彼だが、本人いわく出世コースから外れた“瑕物”とのこと。そのあたりは黒川さんの過去作『落英』で語られているが、いつも陽気な上坂が内面に複雑なものを抱えているというのも、ひとつの魅力になっている。

 そんな上坂を引き連れた新垣が、比嘉たちの足取りを追う様子も臨場感たっぷり。訊き込みに訪れたビルやマンションの外観、立ち寄った飲食店のメニューなどが克明に描かれ、刑事ふたりの背後にぴったりくっついて歩いているかのようなリアリティが感じられる。沖縄ではパイナップル豚のしゃぶしゃぶで古酒をあおり、大阪の町中華では鶏だしスープのタンメンをすする。悪徳警官でもスーパーエリートでもない、街場の刑事の実直な捜査を追体験できる。

 単行本の帯には「正統派警察捜査小説シリーズ、ここに誕生」とあるため、おそらくシリーズ化を視野に入れた作品なのだろう。ふたりが今後どのような事件に直面するのか、そしてモテない上坂に春は訪れるのか、続編に期待せずにいられない。

文=野本由起

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