人はなぜ清原和博に引き寄せられるのか? その内面に迫るノンフィクション『虚空の人 清原和博を巡る旅』

文芸・カルチャー

公開日:2022/9/30

虚空の人 清原和博を巡る旅
虚空の人 清原和博を巡る旅』(鈴木忠平/文藝春秋)

 甲子園で前人未到の13本塁打を放って日本中を熱狂させ、プロでも西武ライオンズや読売ジャイアンツでホームランバッターとして華々しい活躍を見せてきた野球界のスター、清原和博。2016年2月に覚醒剤取締法違反で現行犯逮捕され、同5月に懲役2年6月、執行猶予4年の有罪判決を受けた清原は、薬物依存の後遺症と抑鬱にさいなまされながら、抜け殻のような絶望の日々を送ることになる。

 本書はそんな清原から著者に電話がかかってくる場面から始まる。著者が書いた甲子園時代の清原のホームランをテーマにした特集ルポを読んだという清原は、最後に言う。

「逮捕され、手錠をはめられて留置所に入ったとき、自分に生まれたことを後悔しました。なんで俺は清原和博なんだろうって……。」

 この電話をきっかけに著者は、自分がこれから書くべき物語を見出す。それは闇の中にいる清原の内面を探っていき、その先にあるはずの光にたどりつくまでのドラマになる想定だった。本書は清原本人だけでなく、清原に惹きつけられてきた多くの関係者たちへ取材を重ねて、その光を見つけようとする過程を描いていく。

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 清原には人を引き寄せる力がある。ゴルフメーカー経営者の宮地とステーキハウス店長のサカイは、夏の甲子園観戦に向けて身体を鍛え直そうとする清原を自分たちの仕事を犠牲にしてまで懸命にサポートする。しかし、清原の体力、気力はなかなか回復せず、その鬱屈した態度に宮地やサカイの気力もまた限界に達していく。それでも彼らは清原を見捨てない。いったい清原の何が人をそれほど惹きつけるのか。PL学園時代や岸和田での少年時代までさかのぼって集めた数々の証言から浮かび上がってくるのは、清原の天真爛漫ともいえる明るさと危うさをはらむ無垢な純情、そして圧倒的な才能と裏腹な弱さだ。

 この清原の内面をたどっていく旅の途中で、著者はPL学園野球部の元監督にこう非難される。

「あなた、清原を食い物にしとるんじゃないか?」

 清原の内面をたどりながら、その先の光を探ろうとする旅は、著者自身のノンフィクション作家としてのあり方を問うものでもあった。やがて著者は気がついてしまう。清原にも、そして自分にも、そんな光なんて存在しない、と。それは自分が欲望した幻影に過ぎない。無防備に自分の弱さや優しさ、傲慢さをすべてをさらけ出してしまう清原の内面にある空虚さに、人は自分の追い求める幻影を映し出してしまうだけなのではないか、と。

 PL学園卒業後、西武ライオンズに入団した元プロ野球選手で、引退後に清原に運転手兼秘書として雇われた野々垣は言う。

「ぼくね、小さいころからずっと清原和博になりたかったんですよ。」

 そんな夢のような憧憬を投影する清原和博もまた過去の虚像でしかなくなっていく。

「清原和博をやるのって、結構しんどいんですよ。」

 執行猶予が明けても大きな変化が起こるわけでもなく、清原の憂鬱に沈む日々は続く。そこに劇的な物語は存在しない。もがき、揺れ動きながらも日常をなんとか生き抜こうとする、かつてのスターの姿がありのままに描かれる。それは、引力のように人を引き付ける輝かしさと暗い穴を持っていた清原和博という人間の矛盾に真摯に向き合った結果なのだ。

文=橋富政彦

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