「手塚治虫文化賞」新生賞受賞のマンガ家・谷口菜津子が、6つの“友情”の形を描いた『うちらきっとズッ友』

マンガ

更新日:2022/10/25

うちらきっとズッ友 谷口菜津子短編集
うちらきっとズッ友 谷口菜津子短編集』(ナンシー関/双葉社)

 ずっと友達でいようね、と子どもの頃、誰かと約束したような気がする。でもその子の顔も名前も、思い出せない。あの瞬間、確かに永遠を感じるほど、その子のことを必要としていた気がするのに。ひとつも約束をした覚えのない子は、なぜか、ずっと友達として大人になってからもそばにいてくれたりもするのに。心の底から好きかといわれると、意外とそうでもなかったりもするのに。そんな、さまざまな友情のかたちを描きだすのが、『うちらきっとズッ友 谷口菜津子短編集』(双葉社)。第26回手塚治虫文化賞新生賞を受賞した注目のマンガ家・谷口菜津子氏による、みずみずしくもどこか切ない作品集だ。

 発表時にSNSで特に話題を呼んだのが「砂糖と塩」。息子夫婦と同居している勝子は、共働きだからと言ってなしくずしに家事を押し付けられていて、天然で甘え上手で自分とは正反対な嫁の杏奈に、日々イライラさせられっぱなし。孫が楽しみどころか「あの女の子供なんて可愛いと思えるか不安」なんて愚痴をこぼすほど。ところがある日、息子・俊介の浮気を疑い尾行する杏奈に同行することになった勝子は、杏奈の意外な一面を知り、不思議な絆が芽生えることに……。

 友情とは、不思議なものだ。何もかもがわかり合えず、意見も食い違うことがほとんどなのに、たったひとつの共感が強烈に互いを結びつけてしまうことがある。勝子と杏奈の場合は、浮気する男に対する強烈な怒りと、そして理屈ではいかんともしがたい愛情だった。やはり正反対のタイプゆえ、互いを疎ましく憎々しいと思っていた2人の女子大生を描いた「コトハとエマ」も、同じ。大嫌いだけど、同じ男に愛情を向けている時点で、2人はすでに馬が合っていた。きっかけさえあればその反発は、いともあっさり、くるりと反転してしまう。

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 結びついたからといって、それが永遠に続くわけじゃないのも、友情のおもしろさ。嘘ばかりつく転校生との出会いを描いた「卯月ちゃん」で、主人公のメイはたしかに彼女と通じ合う瞬間を得たはずなのに、放課後、つかのまの遊びを終えたあとに卯月ちゃんはあっさり、メイのもとから去ってしまう。だけどきっと、大人になってからもメイは彼女のことを忘れない。より親密だったはずの他の友達のことは忘れてしまっても、ふとした瞬間に彼女の記憶が郷愁とともに呼び覚まされる。それもまた、特別な“ズッ友”なのである。

〈みんな変わるし 私も変わる。遠くに行ってしまったり それぞれ事情はある。それなのに 「ずっと」なんて言うのは 祈りみたいで切なすぎる。〉と、あとがきで著者は綴る。恋人やパートナーと違って、互いの人生を背負うことも、共有し続けることもできない。だけど生きていくうえで、確かに“ずっと”自分を支え続けてくれている、小さな邂逅の瞬間の数々。その煌めきの詰まった本作に、遠い彼方の記憶が、呼び覚まされる。

文=立花もも

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