累計180万部突破! 阿部智里「八咫烏」シリーズ最新『烏の緑羽』を読み解く!

文芸・カルチャー

更新日:2022/11/7

烏の緑羽
烏の緑羽』(阿部智里/文藝春秋)

〈山内(やまうち)〉と呼ばれる異界を舞台に、人間の姿に変化する八咫烏の一族の隆盛を描き出す、累計180万部突破の小説「八咫烏」シリーズ(阿部智里/文藝春秋)。第二部第三巻となる『烏の緑羽』は、ちょっと趣が違う。これまでは、おおよそ、山内の統治者(金烏)である奈月彦と彼に属する人々を中心に描かれてきたが、今作では奈月彦と母親違いの兄・長束に焦点があてられる。もちろん長束とて、奈月彦の側についていることに変わりはないが、奈月彦はどちらかというと蚊帳の外。シリーズのメインキャラクターである奈月彦の側近・雪哉も、ほとんど登場しない。

 そもそも、生まれる前から金烏となることが見込まれていた長束は、幼いころから先々代の金烏、つまり祖父の英才教育を受けて育った。側室の子である奈月彦が、百年前に生まれたきりの〈真の金烏〉であると託宣され、その座を奪われたあとも僻むことなく、奈月彦に忠誠を誓うことができたのは、その教育の賜物で、どうするのが民と山内のためになるかを一番に考え、責務を果たしている。そんな彼はとにかく真面目。悪く言えば遊び心がまったくない。ゆえに、側近の路近のことが、理解できない。長束に仕えるのは、ただ自分に利益があるからで、忠誠とは道楽のことだと言ってのける、その神経が。長年、自分を守り続けてくれた彼のことが、どうしても信用できないのである。

 と、奈月彦に打ち明けて紹介されるのが、路近の師である清賢。路近のせいで利き腕を失ったことがあるらしいのに、ずいぶんと路近のことを買っている清賢に、次に紹介されたのは、翠寛。これまでシリーズを読み継いできたファンならピンとくるだろう。かつて雪哉と真正面から対立し、結果として地方に送られた、どちらかというと “敵”側の男である。そうして物語は、長束をおいて、路近と清賢、そして翠寛の因縁のはじまりへとさかのぼっていく……。

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 もし「翠寛って誰だっけ……」と記憶があやしい方がいたとしても、問題はない。いつもながら、この一冊だけで楽しめるよう、作者・阿部智里さんの配慮が隅々まで施されている。第一部の4作目『空棺の烏』では、勁草院というエリート武官養成所を舞台に、雪哉たちの青春群像劇が描かれたが、回想の舞台を同じくする今作も、それに近い。ただし、実の父親でさえ殺意を覚えるほど手のつけられない暴虐児だった路近をめぐる今作は、青春と呼ぶにはあまりに血なまぐさい。翠寛が、今も路近をあしざまに言う理由も、よくわかる。だが、なぜだろう。身近にいたら絶対に怖くて関わりたくないのに、読めば読むほど、路近のことが好きになってしまう。

 道理と感情、合理と非合理の狭間で、真の忠義と、権力をふるうことの重みを学んでいく若き彼らの姿に、現在の長束が重なる。わかりやすい正解などひとつも存在しないこの世界で、自分の責務をいかに果たすのか。奈月彦への忠誠を、いかにまっとうしようと決めるのか。その結末に、胸をつかまれること、間違いなしである。

文=立花もも

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