卒制で下位評価だった『裸体美人』が重要文化財に! 天才画家たちのエピソードが面白い! 原田マハ氏の初心者にも優しい、名画鑑賞術

文芸・カルチャー

公開日:2022/12/3

CONTACT ART 原田マハの名画鑑賞術
CONTACT ART 原田マハの名画鑑賞術』(原田マハ/幻冬舎)

 原田マハ氏という小説家の経歴は異色である。美術に精通した彼女は、ニューヨーク近代美術館、馬里邑美術館などに勤務し、キュレーターとしても活躍。2005年に作家としてデビューし、美術に関する該博な知識を活かした小説を書き続けている。彼女の小説には、ゴッホやピカソ、アンリ・ルソーなど、実在した画家が度々登場することで有名だ。

 そんな原田氏の最新刊『CONTACT ART 原田マハの名画鑑賞術』(幻冬舎)は、18名の画家の生い立ちや作品の特質、当時の歴史的背景などを、軽妙な筆致で綴った一冊。ジャン=フランソワ・ミレーからクロード・モネ、サルバドール・ダリ、東山魁夷、草間彌生までをカバーしており、その射程の長さからして魅力的である。

 18名の画家の経歴を見て驚いたのは、存命中に評価された画家が非常に少ない、という酷薄な事実だった。例えば、モダン・アートの父とされるセザンヌは、写実的な表現が流行った時代にありながら、その真逆を行く独創的な作風を貫き、正当に評価されなかったそうだ。そうした、不世出の天才のエピソードが並んでいるのも本書の特徴だろう。

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 例えば、1912年に描かれた萬結鉄五郎の『裸体美人』という絵は、1912年に美術学校の卒業制作で19人中16番目と評されたのみだったという。だが、その後再評価が進み、2000年には国の重要文化財にまでなったそうだ。20世紀を代表するポップ・アートの巨匠、アンディ・ウォーホールの作品も同様。その作品は、発表当初「それは本当にアートなのか?」と物議を醸し、スキャンダルとして美術界からは反感を買ったという。

 筆者が特に惹かれたのは、ジャクソン・ポロックや、彼に影響された白髪一雄(しらがかずお)らの先鋭的で挑発的な作品群。ポロックは、床に置いたキャンバスに絵の具を垂らしたりする、アクション・ペインティングなる手法を編み出した。一方、それに感化された白髪は、大量の絵の具に足を突っ込み、動きながらキャンバス上に色を塗りつけたという。

 原田氏は「整っているものも美しいけれど、そこから逸脱した先にも美はある」と述べている。その言葉を裏書きするように、本書は、異端児や革命児が無手勝流で新しい表現に挑んだ美術の歴史、という趣が強い。象徴的なのが、1954年に兵庫県芦屋市で発足した、具体美術協会に関する記述。同協会では「人の真似をするな、今までにないものをつくれ」という指導の下、前衛の突端を行く作品が量産されたそうだ。

 中盤に登場するグスタフ・クリムトに『人生は戦いなり(黄金の騎士)』という作品がある。これは、自分の芸術が周囲に理解されず、孤立を深めたクリムトが、保守的で閉鎖的なアカデミーや画壇に叩きつけた挑戦状だった。また、時代と闘う姿勢を黄金の騎士に託した一枚であり、新しい時代に向けてのマニフェストだった。そんな風に原田氏は説明する。また、現代アートについてこんな風に書いているのも印象的だ。

「アーティストが100人いたら、おそらく100通りの表現があります。見る側も100人いたら、100通りの見方があります。それが現代アートの面白いところ。固定された視点や考え方は存在しない。ですから現代アートの場合は、あまり作品解説に頼らなくてもいいと思います。自分にはこう見えているけど、あなたはどう? という投げかけが基本の姿勢です。ですから、自分の目線で見ることが一番大切だと思います」(p.163)

 そう宣言している本書はしかし、多くの絵画が原田氏なりの審美眼によってつぶさに記述されている。作品解説に頼らなくてもいい――彼女はそう書いているが、例えばウォーホールの作品についての彼女の解説や形容はすとんと腑に落ちる。原田氏の論もまた、自分にはこう見えている、という私感に基いているのである。

 だが、そこに矛盾や齟齬はない。原田氏の論を踏まえるならば、彼女の言うことにどこまで賛同するかは、あくまでも読者次第。まさに、見た人の数だけ絵画の見方は存在するのだから。ただし、本書は、画家の代表的な作品をカラーで掲載し、国内のおすすめの美術館を記すなど、美術初心者への配慮が窺える。これを契機に美術の奥深い森へと分け入ってみてはいかがだろうか。

文=土佐有明

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