疲れたら自分を甘やかそう! 疲弊した心身を癒してくれる具体例をジェーン・スーが伝授

文芸・カルチャー

更新日:2023/1/12

おつかれ、今日の私。
おつかれ、今日の私。』(ジェーン・スー/マガジンハウス)

 ラジオ・パーソナリティーとしても活躍するジェーン・スー氏の『おつかれ、今日の私。』(マガジンハウス)は、「自分を慈しむセルフケア・エッセイ」というふれこみ通りの本である。恋愛や仕事や人間関係などで頑張りすぎて疲弊し、途方に暮れている人たちの48編のエピソードを紹介。それにスー氏の労いや励ましの言葉と、具体的なアドバイスが述べられる。

 例えば仕事だったら、「こんなに頑張っているのに、誰からも感謝されない」「仕方なくやっているのに、迷惑そうな顔すらされる」といった悩みが多いが、それに対してスー氏は「残酷だけど、仕事とはこういうことの繰り返しでもある」と諭したのち、彼女なりの処方箋を提示する。

 そこでかける言葉が絶妙である。例えば、無力感に苛まれた人には、とことん自分に甘くなってもいいと言う。例えば、高級なチョコレートを食し、ビヨンセのライヴ映像を見て、思いっきり昼寝をする。それがスー氏なりの回復法だそうだ。

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 もし、それすらもできないほど、どん底の状態なら、推しのカッコイイだけの写真を眺めたり、可愛いだけの動物動画を見たりしてはどうか、とスー氏は言う。ポイントは「だけ」のところ。衰弱している人は感受性が鈍っていたり、壊れかかっていたりするのだから、エモーショナルな映像や音楽を受け止めるのは逆効果かもしれない。ビヨンセを見てぶちあがるのは、ある程度立ち直った時にしたほうが良さそうだ。

 あるいは、2日間連続で有給休暇をとったり、1週間連続で夕飯を店屋物にしたり、洗濯も皿洗いもやらず土日はずっと寝てしまったり、という案も。辛い時は、少しサボりすぎなくらいで丁度いいのではないか、とスー氏は主張したいのだろう。本書を読めば、スー氏がそうだったように、読者も、エネルギーをチャージするための処方箋をひとつくらいは発見できるはずだ。

 美容関係の助言も多い。高めのバスソルトを買って、ゆっくりお風呂につかるといい、とか、朝からいい匂いのボディローションを塗って、膝から下をピカピカにするのが気持ちいい、等々。美顔器を使い倒した挿話には、電車の中で読んでいて噴き出してしまった。心のコリをほぐし、癒してくれる一節である。

 また、ご飯を作るにあたってどのくらい手間をかけるか、という問題を発端に、面倒くささとの格闘にかなりの紙幅が割かれている。例えばこんな一節がある。

 面倒と食べたあとの満足感、もっといえば感動を天秤にかけると、たいていは面倒くささが勝つ。ひとり暮らしでもきちんと自分のために料理をする人の話を聞くと「ああ、この人は面倒に感動が勝つのだな」と思う。あくまでもひとり暮らしの(つまり自分のため)の人の場合です。

 面倒くさいことを「まあ、いっか」でやり過ごすのも時には賢明な方策だと思う。重荷を背負うことなく、じゃんじゃん手を抜けるようになったらしめたもの。スー氏曰く、つい頑張ってしまう人のスウィッチは非常に固いので、思い切って力づくでオフにするしかないのだから。

 なお、劇作家/小説家の松尾スズキ氏も以前、『大人失格』というエッセイ集の「面倒力の脅威」という文章で、同様の趣旨のことを書いている。要するに、人間、何かをしようという行動力や欲望の反作用として、面倒力が働くことが頻繁にある、ということ。そして、この「面倒力」という概念は普遍的なものなのだと思う。筆者など、風呂に入る前に、面倒力に圧されて2時間くらい葛藤がある。あんなに面倒力がかかる行為もない、というのは100人いれば100通りではないだろうか。

 ちなみに、本書で48編のお悩みにキレッキレの助言をし、ラジオ・パーソナリティーとしてリスナーの相談に的確な回答を返すスー氏。そのプライヴェートも気になるところだが、彼女は、自分が大失恋した際のエピソードをラジオなどで語っている。失恋の際は、親が死ぬよりはるかに苦しいと思ったというほどダメージを受けて、体重が25キロ減ったという。

 そして、そんなスー氏を救ったのは、キリンジという音楽ユニットの曲だったそうだ。その話が念頭にあったからか、氏は憔悴し切っていた過去の記憶を手繰り寄せ、自分はこんな風に乗り切ったなと思い出しながら、筆をとっているように思えてならない。

 筆者は、ラジオやポッドキャストで明るく快活に、本音をハキハキとしゃべるスー氏が好きだ。でも、この本を読んで、彼女がいかに思慮深く賢明で聡明な人なのかが分かった。そして、ますます彼女のことが好きになった。昨今は推し活に没頭しているスー氏だが、筆者の今の「推し」はスーさん、他ならぬあなたです! 本書を読んでそんな感慨を強くした次第である。

文=土佐有明