「こんな生き方もあるのか」と視野が広がる、軽自動車で世界を旅する夫婦海外放浪紀行

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公開日:2023/1/31

今夜世界が終わったとしても、ここにはお知らせが来そうにない。
今夜世界が終わったとしても、ここにはお知らせが来そうにない。』(石澤義裕/WAVE出版)

 哲学者のニーチェは「本当の世界は想像よりもはるかに小さい」と言ったそうですが、「いやいややっぱり世界は大きい」と思わざるを得ない『今夜世界が終わったとしても、ここにはお知らせが来そうにない。』(石澤義裕/WAVE出版)は、「楽園」を探す旅を15年以上続けている夫婦の物語です。

 著者は2005年にデザイン会社を辞め、妻Yukoとともに「楽園」(理想的な移住先)を探し求めて、ノマドワークをしながら世界各地を放浪。50歳のアニバーサリーイヤーである2015年からは、目的は「楽園探し」で同じままですが「放浪方針」をより研ぎ澄まして、大陸を股にかけた旅のお供としてはだいぶ心許ない気がする軽自動車で車中泊を中心に旅するスタイルに進化。北海道の稚内を出発点に、南アフリカの喜望峰を目指すことになります。

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 そんな本書の表紙は、所狭しと並ぶ気になりすぎるキーワード(恐ろしすぎる公衆便所、地雷地帯だった、地球が滅亡したかのような誰もいない車中泊、など)で埋め尽くされてます。通過した場所のリストには、ナゴルノ・カラバフというアゼルバイジャンの山岳地域や、旧スワジランドなど、日本にごく普通に暮らす中ではなかなか耳にする機会が無い地名も多く含まれています。

「トラベル・イズ・トラブル」という誰が言ったでもない格言を筆者は聞いたことがあり、「旅にはトラブルがつきもので、それが旅らしさでもある」というような意味かと思うのですが、本書の物語においてもかなりレベルの高いトラブルや「状況自体も変だけど、著者たちの思考回路も若干おかしい」と、クスッと笑ってしまうようなシーンが1ページに何回も登場します。

もうもうと土煙を上げて、ただひたすらまっすぐに突き進んだ。道路標識すらない荒野。あまりにも人の気配がなさすぎて、とんでもない禁断の地に足を踏み入れたんじゃないかと不安になってあたりを見渡したら、「ワニ注意!」の看板が。
「ワニがいるってことは、人がいるんだねえ」
よくわからないYukoの感想を聞いた先に、ゲートが見えたのだった。

 かなり具体的かつ特異なエピソードが連続する本書ですが、その分量に圧倒されてしまうかと思いきや、筆者は「こういう人生もあるのか」という極めてシンプルな感想に落ち着きました。旅の目的が一貫して「楽園探し」であることが、直感任せで移り変わっていく現在地の「点と点」の間にしっかりとした軌跡を感じさせてくれるからではないかと思います。

「楽園ランキング」トップ10は、ぜひ本書を手にとって書中でご確認いただければと思いますが、チリのパタゴニアやアラスカ等、何となく場所のイメージが思い浮かぶ所も入っていますし、モロッコなどアフリカの国も入っています。はたまたノルウェーのロフォーテン諸島等「どこですか? それ」と言いたくなる場所まで、バラエティに富んでいます。もちろん、選考基準・着眼点や著者たちのお気に入りポイントはかなり風変わりです。

カバワニハウスは、快適だった。
キッチンのシンクでサソリが待ち伏せしていたり、棚の隅に蜂の巣があったり、毎日、奇怪な虫が編隊を組んで飛んでいたりしたけれど、とくに命に別状はなかった。
町にはスーパーマーケットが四軒もあって、白菜やオクラ、バオバブの実も手に入る。
肉屋には、野生動物の肉も売っていた。
「一番のオススメは、キリンの首だね」
「美味いよ。でもね、天然物だからいつ入荷するかわからないのよ」。

 フツフツとこみあげた旅情が、あるとき「一生に一度くらいは海外に住んでみたい」と思い立たせ、15年以上にわたる長い旅が始まり、現在も続いている。訪問した国は120カ国以上、車中泊・キャンプは50カ国以上、車の走行距離は20万キロ以上で、数字は現在も更新中。そんな人生はもはや真似できないほど大きいですが、風変わりでありつつもいたって庶民目線で、しっかり梱包されたお土産のような感じがして、オリジナルな旅の軌跡を共有してくれている一冊です。

文=神保慶政

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