絵画の謎と家族の秘密が繋がり、秘められた過去が明かされる――戦争に翻弄された女性たちを描いたヒューマンドラマ『海は地下室に眠る』

文芸・カルチャー

公開日:2023/2/21

海は地下室に眠る
海は地下室に眠る』(清水裕貴/KADOKAWA)

「幼い頃に当たり前だと思っていたことが、大人になって、重い秘密としてのしかかってくることはありませんか」と問われた主人公は、ないと思うとはっきり答える。だがそれは、必死で秘密を隠していた人がいたから、気づくことができなかっただけ。当たり前が覆されたとき、主人公は見慣れた故郷の風景を、まるで違う彩色でとらえなおすこととなる――。

 出所不明の絵画を中心に、家族と土地の歴史が掘り起こされていく小説『海は地下室に眠る』(清水裕貴/KADOKAWA)。絵画が発見されたのは、千葉・稲毛海岸の近くにある、日本のワイン王と呼ばれた神谷伝兵衛の邸宅地下だ。その調査を請け負うことになったのが、その絵に妙に惹きつけられるものを感じた、29歳のひかり。千葉市美術館で学芸員として働く彼女は、仕事のつてを使ってどうにか鑑定できないかと目論むのだが、手掛かりはほとんどなし。ところが、映像作家の黒砂という男から預かったインタビュー原稿をきっかけに、物語は思わぬ方向へと転がっていく。

 ひかりの祖母・玉子は、街で人気の美容師だった。その彼女が、千葉の花街・蓮池の歴史を語る証人として、インタビューに登場していたのである。本に掲載されなかったオフレコの原稿で玉子は、嵯峨浩と友人関係にあったことを語っていた。嵯峨浩といえば、ラストエンペラーと呼ばれた満州国の皇帝・愛新覚羅溥儀の弟に嫁ぎ、流転の王妃と呼ばれた女性。だが、ひかりはもちろん、玉子の息子であるひかりの父も、そんな話は一度も聞いたことがない。思い出の品も、残っていない。祖母の冗談ではないかと疑っていたひかりだが、インタビュー原稿の続きを手に入れたことで、祖母の思わぬ秘密を知っていくこととなる。そして謎の絵もまた、祖母と土地の過去に深くかかわっていたのだということも。

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 いったい、どこからどこまでがフィクションなのか。稲毛に根差した史実をベースに語られる物語は、読み進めるほどに点と点とが線でつながり、驚かされることの連続だ。ああ、まさかそこで嵯峨浩が。玉子さんは、そんなことに。あの人とこの人が、そんな関係だったなんて。と、前のめりになっているうちに、あっというまにラストに辿りついてしまう。

 一方で、重厚な歴史ミステリーの側面をもちながら、戦争の時代に翻弄された人々の哀しみ、そしてその哀しみを図らずも受け継いでしまった現代を生きる人たちのやるせなさをも描きだす、ヒューマンドラマとしての読み応えもある。「君は確かに才能があるけど、自分だけが正しいと思いすぎているね」と同僚に言われてしまうほど、頑ななところのあるひかりだが、彼女が祖母の過去を通じて触れたのは、正しいとも間違っているとも断じることのできない人々の心のあわいだ。そして絵画は、芸術は、そんな人たちの心を生かすために存在している。見る人によって、光の当てられ方によって、意味がまるで変わってくる一枚の絵画をめぐる物語。あなたはいったい、どう読むだろうか。

文=立花もも

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