『BEASTARS』の世界観で紡がれる短編集―― 短編だからこそさらに光る、板垣巴留ワールドの魅力

マンガ

公開日:2023/2/28

BEAST COMPLEX
BEAST COMPLEX』(板垣巴留/秋田書店)

 肉食獣と草食獣の共存する世界で生きる、高校生の青春を描いた漫画『BEASTARS』(板垣巴留/秋田書店)。主要漫画賞を多数受賞した大人気漫画です。そしてその作者・板垣巴留さんのデビュー作が『BEAST COMPLEX』。こちらも世界観は『BEASTARS』同様肉食獣と草食獣が共存する社会。その中で、さまざまな立場の肉食獣と草食獣のペアにまつわる出来事を描いた短編集です。

 本作の魅力は、『BEASTARS』と同じく「肉食獣=強者」「草食獣=弱者」などいろいろなメタファーを使って、人間社会の問題や生きづらさを表現しているところだと私は思います。『BEASTARS』の主人公はハイイロオオカミの男子高校生・レゴシ。鋭い牙を持つ外見とは裏腹に繊細な心を持つ彼は、ドワーフ種のメスウサギ・ハルに恋をして自分の欲望と闘ったり、今まで知らなかった世界の複雑さを目の当たりにし、それに真摯に向き合い続けたり、ちょっと変わった、それでも青春ど真ん中な日々を送ります。高校生という子どもと大人の中間地点だからこその、そして繊細で純粋なレゴシだからこその視点で描かれる物語はとても魅力的。かたや、短編として多くのキャラクターの視点でさまざまな関係が描かれる『BEAST COMPLEX』には、『BEASTARS』とはまた違う発見があり、そして短いからこそよりひとつひとつのテーマが強く感じられます。

 例えば第1話は百獣の王とされるライオン・ラウルの話。優秀な生徒会長としてオスライオンらしく完璧な学校生活を送るラウルは、先生に不登校のオオコウモリ・アズモの様子を見てくるようにいわれ、彼のもとへ。そこでのアズモとのやりとりで、ラウルは本当の自分が抱えていた弱さに気づき、アズモと異種族の友情を深めていきます。見た目やスペックでカテゴライズされて苦しくなったり、逆に相手を決めつけてしまったり。それは人間社会でもよくあること。ライオンとコウモリとしてではなく、自分自身として付き合える友人を得て、ラウルは自分の弱さと向き合い、アズモは生きる気力を取り戻していきます。最後は別れることになるふたりですが、別れのシーンの美しさも格別です。

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 他にも動物たちの生態を活かした設定や、漫画ならではの俊逸な表現など板垣さんの底知れない才能が詰まったストーリーばかり。ガゼルがワニに向かって「あなたが私と無獣島に置き去りにされたらどうしますか!! 食べるでしょう!!」というとワニが「そういう質問は現代では『肉ハラ』とされていますよ」と返すなど、ワードセンスも抜群です。

 冒頭で本作が板垣さんのデビュー作と紹介しましたが、5話以降は『BEASTARS』連載開始以降に描かれているもの。なので、レゴシが住む「コーポ伏獣」のメンバーが主人公の短編があったり、周辺キャラたちの物語の間にレゴシを発見できたりと、『BEASTARS』ファンには嬉しい仕掛けもところどころにちりばめられています。またコミックスとしては現在既刊3巻、第19話までが収録されていますが、今年2023年の『週刊少年チャンピオン』1号には最新21話が掲載。3巻の作者コメントにも「この世界のことまだまだいくらでも描けるなと思いました。自分の故郷として、これからも時々帰省しますのでその時また!」とあるので、期待して続編を期待してもよさそうです。

『BEASTARS』ファンの方が楽しめるのはもちろんのことですが、世界観のつかみやすさや内容を考えても、『BEASTARS』を読んだことがない人にこそぜひ読んでほしい本作。まずはどこからでもいいので、読んでみてください。読めばきっとこの世界の魅力にハマり、本作はもちろんのこと、全22巻の『BEASTARS』にも手を出したくなること間違いなしです。

文=原智香

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