私たちの求める“成功”とは何か…「九条の大罪」190万部突破! “闇社会が舞台のはずなのに共感できる”その理由は?

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公開日:2023/3/5

九条の大罪7
九条の大罪7』(真鍋昌平/小学館)

 いつも思う。

 私たちは「正しく」生きているはずなのに、幸福感に満たされることは少なく、自分が不幸だと感じることもある。私の場合はフリーライターなので、仕事で生計を立てられなくなって、夫も実家にいる両親もいなくなったら、屋根のある場所でぬくぬくと寝て、お腹がすけば何かを食べられる「今」も突然失ってしまうのではないかという恐怖が常につきまとっている。

九条の大罪』(真鍋昌平/小学館)を読むたびに私は何を怖いと感じているのか突き付けられる。

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 例えば6巻から登場する都会で俳優や歌手になりたいと考えるふたりの若者・数馬と千歌は口癖のように「成功」について語り切望する。真摯に夢を追っていたはずのこのカップルは、一年後、数馬は生活のためホストの仕事をしているときに半グレに声をかけられたことから都会の闇に引きずり込まれ、千歌は港区女子を自称して反社会勢力の権力者と愛人契約を結び、お金のない女性たちを「養分」と呼んでいかがわしい仕事をあっせんしていた。

 彼らはそれでも「成功」を求め続ける。名誉欲や自己顕示欲を満たしても幸せにはなれず、「成功」と引き換えに失うものの大きさに気づいていないのだ。

 私たちには選択肢がある。しかし時によっては、欲に踊らされてその選択を間違うこともある。人生の岐路で、一歩踏み出した道が今と異なる道だったら、私たちにも彼らと同じような運命が待ち受けていたのかもしれない。

 本作が早くも累計発行部数190万部を超えた(2023年2月時点)と聞いたとき、私と同じように今の生活をいつまでも保てるのか、社会の闇に引きずり込まれるのではないかという恐怖を抱きながら生きている人は世の中にたくさんいるのだと感じた。

 SNSで幸せそうな写真をアップして友人にうらやましがられる、「夢を叶えた」と思ったとたん周囲にマウントをとる……すべて承認欲求からくるもので、本人にとっても虚しさしか残らない行為だ。

 しかし、私たちに彼らを「他人事だ」と突き放すことはできるだろうか。

 本作の登場人物は「成功」に踊らされている人がほとんどだ。しかし、そうでない人もいるのだろうかと考えたとき、主人公であり、犯罪者の依頼も引き受ける「悪徳弁護士」九条だけだという答えにたどりついた。

 連載序盤、九条が何を考えて犯罪者の弁護をするのかわからなかった。しかし話が進むにつれて、彼が個人的な感情と自分の仕事を分けて考えていること、元妻との離婚後に会えていない娘を大切に思っていること、決して人間としての感情をなくしたわけではないことが判明し、九条の人間らしい部分に触れられるようになった。

 案件を選べば、九条は有能な弁護士として日の当たる場所で活躍できただろう。承認欲求も名誉欲も満たされる、まさに数馬や千歌の欲する「成功」を手にしていただろう。しかし彼はヤクザや半グレから頼られるという、一歩間違えば自分も犯罪者になりかねない危険な橋をあえて渡る。

 7巻で大きかったのは、これまでずっと九条の事務所で働き、彼を支えてきた弁護士・烏丸が「もう付き合いきれないです」と去ったことだ。6巻で烏丸は最近の九条のことを「反社会勢力の人間の使いっパシリみたいですよ?」と心配をして忠告してきた。烏丸が九条法律事務所に入った過去も明かされ、九条が表情に出さなくても烏丸を大事な存在だと思ってきたことも明確になっている。

 九条にとって唯一の味方でもあった烏丸を失った事実は重く、反社会勢力からの信頼は、九条の孤立や弁護士生命の危機にも直結している。成功を求めていないのに窮地に立たされる九条を見て、私たちは「成功ってなんだろう」とあらためて考えさせられるのだ。

文=若林理央

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