1LDKで虎を飼うOLの末路――。脳内混乱、予想外の展開。1話5分で味わえる、奇妙なグルメ短編集

文芸・カルチャー

更新日:2023/5/10

生まれてきてごめんなさい定食
生まれてきてごめんなさい定食』(村崎羯諦/ポプラ社)

 これは珍味だ。よくある味付けだろうと勝手に勘違いしていたが、どうもおかしい。予想外の味わいに脳が混乱。独特の香りと、強烈な刺激。ほろ苦さ。だけれども、パンチのある後味がクセになり、気づけば、何度も何度も試したくなる。次から次へとスナックを口に放り込むがごとく、むさぼるようにページをめくり続けてしまった。

 そんな体験をさせられたのは『生まれてきてごめんなさい定食』(村崎羯諦/ポプラ社)。小説投稿サイト発の小説家・村崎羯諦氏による世にも奇妙なグルメ短編集だ。この本には、5分程度で読める短編が19編も収録されている。スキマ時間にスナック感覚で楽しめるから、「小説を読みたいけど、まとまった時間がとれない」という人にオススメ。それも、短いストーリーながらどの作品もあっと驚かされる仕掛けが隠されているのだ。

 たとえば、「木曜日が美味しい季節」で描かれるのは、ある料理番組の一風景だ。

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「こんにちは。すっかり秋も深まり、木曜日が美味しい季節がやってまいりました。というわけで、今週の『らくらくKitchen!』では旬の木曜日と秋野菜をふんだんに使ったミネストローネの作り方をご紹介したいと思います」

 当たり前のように進んでいく、旬の「木曜日」を使った料理番組。「木曜日」は下茹でしておくと「平日半ば特有のえぐみ」をとることができるというから、思わず笑わされる。着々と料理はできあがっていくのだが、ある事件が起きてしまい……。

 また、表題作「生まれてきてごめんなさい定食」では、主人公が、ふらっと立ち寄った店で、「生まれてきてごめんなさい定食」というメニューと出会う。「どんな定食ですか」と店員に尋ねれば、言葉通り、「生まれてきたことを申し訳なく思っている定食」らしい。そんな定食を注文する人がいるのかと思えば店主は言う。

「みんな心のどこかでは生まれてきて申し訳ないって思いながら生きていますからね。きっと共感する部分が多いんだと思います」

「なるほど」と納得させられた主人公は、その定食を注文するのだが……。

 さらに、この本の中でも一番の衝撃作は、「プリーズ・イート・ミー」だろう。「女性の一人暮らしにしては若干広めかなと思う1LDKの部屋も、大きな虎を一匹飼うと途端に手狭になってしまう」という一文から始まるこの物語は、OL・春奈と、虎・虎次郎の物語だ。春奈はある日、3メートルにも及ぶ虎が捨てられるのを見つけて飼うことにするのだが、虎次郎を飼うことに決めた理由は突拍子もないし、虎次郎の食への嗜好も面白い。春奈と虎次郎の温かな日常にほんわかした気分にさせられるが、急転直下。予想外の展開が次々に巻き起こり、クライマックスには戦慄。身の毛のよだつ思いにさせられる意外な結末が待っている。

 このように、本書に収録されている作品は、日常の見慣れた景色からほんの少しズレた世界を次々と描き出していく。発想力に脱帽。日々の生活の中で出くわしそうな気もするけれど、やっぱりちょっとありえない。よく見知った風景かと思えば、ちょっぴりヘンテコ。予想外の展開にクスッと笑わされたり、困惑させられてしまったり、はたまたゾクゾクさせられたり。それに、シュールでありながらも、それだけではない。物語の端々で語られる言葉が妙に心に突き刺さってくるのだ。

「人生で何かを成し遂げたわけでもないですし、誰かのために役に立っているというわけでもないんですよね。だからといって、悲劇の主人公みたいにみんなから同情されるくらいにひどい目にあっているわけでもなくて、お笑い番組を見てゲラゲラ笑ったり、週末にはお酒を飲んで楽しい気分にはなってます。でも、それだけで本当にいいんだろうかって思ってる私もいるわけですよ。適度に幸せで、適度に不幸せで、贅沢だなーって思われるの覚悟で言っちゃうと、人生の意味を強烈に感じられるほどの人生を送れてないと思ってるんです。」(「生まれてきてごめんなさい定食」)

 ほんの少し日常を離れる心地よい浮遊感。予想もつかない世界に連れて行かれたかと思えば、突然ドーンと突き落とされる。1冊でさまざまな世界のあらゆる登場人物の経験が味わえるのは、短編集ならでは。あなたも、奇妙なグルメ小説に、きっと病みつきになるはず。不可思議で美味しい村崎羯諦流・グルメの世界を、とくとご堪能あれ!

文=アサトーミナミ

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