全人類が同じ一日が繰り返す世界。人間の狂気と希望に迫る、衝撃のSF小説!

文芸・カルチャー

公開日:2023/5/10

トゥモロー・ネヴァー・ノウズ
トゥモロー・ネヴァー・ノウズ』(宮野優/KADOKAWA)

 物語の登場人物が同じ時間を何度も繰り返す「ループもの」。このジャンルは人気が高く、小説やマンガ、アニメでさまざまな作品が生み出されている。宮野優氏のデビュー作『トゥモロー・ネヴァー・ノウズ』(KADOKAWA)は、主人公一人がループを経験するのではなく、大勢の人々が同じ一日を繰り返すようになってしまったという意表をつく設定のSF小説。ループによってすべてが巻き戻る世界の中で、モラルのタガが外れた人間の姿に迫る、スリリングかつユニークな物語だ。

『トゥモロー・ネヴァー・ノウズ』には、「インフェルノ」「ナイト・ウォッチ」「ブレスレス」「イノセント・ボイス」「プリズナーズ」という5編が収録されている。ループの始まりを描いた「インフェルノ」を中心に、各話を見ていきたい。

 何の罪もない中学生の娘がレイプ後に殺害された。犯人は16歳の少年で、法に護られて極刑が下ることはない。法で裁けないのであれば、自分の手で殺そうと「私」は復讐を決意する。そして遂に訪れた決行の日、「私」はバイク事故で足を骨折した犯人が入院する病院に向かい、彼を包丁で刺し殺した。ところがその後、警察に逮捕されて留置場で眠りについたはずなのに、気がつくと「私」は自宅の寝室に戻っている。おまけにテレビが示す日付は、決行の日のものだった。

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 混乱しつつも再び病院に向かって復讐を実行するが、やはり夜になって眠りにつくと同じ日の朝に戻されてしまう。やがて深夜の午前三時三十二分を終点として、同じ一日が繰り返されていることに「私」は気づく。すべてが一日で元通りとなってしまい、“本当の意味で娘の仇を討つことはできない”世界で、赦すという選択肢を捨てて延々と殺し続ける道を選んだ復讐者がたどり着く先は――?

 ループ中の記憶を保持する人はルーパーと呼ばれ、徐々にその数は増えていった。ルーパーの増加にしたがって社会秩序は崩壊し、一日経てばすべてがなかったことにされる世界で、人々は欲望のままに行動を重ねていく。本作では、そんな世界で生きる多種多様な人の姿がオムニバス形式で描かれる。

「ナイト・ウォッチ」は、護身用にペティナイフを携帯する女子高校生を主人公にした作品。ループ中でも学校に集まり続ける少年少女たちの生活を介することで、世界の異常さがより一層際立つ。「ブレスレス」では交通事故で怪我を負ったカナダ人の総合格闘技王者、「イノセント・ボイス」では大衆の耳目を集めそうなゴシップニュースをアフリカで取材するジャーナリストを主役にしたエピソードが展開する。この2作はとりわけ構成が秀逸で、捻りのきいたストーリーが印象的だ。最終話の「プリズナーズ」は、醜い容姿がコンプレックスで、毎日のように図書館に通う女性を語り手とする。静かなトーンの中に人と人との不思議な連帯を描くことで、忘れがたい読後感を残す一編である。

 どんなに待ち望んでも明日はこない。常識が崩れ去り、心の奥に潜んでいた残酷さが露出する世界の中、それでもなお未来を諦めることなく、希望に向かう人々の姿をやさしく照らす。壮大な思考実験を通じて作者の確かな力量を見せつける、見事なデビュー作である。

文=嵯峨景子

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