「カツアゲを止めただけなのに…」問題人物のレッテルを貼られた孤独な少年が「ピアノ」と出合ったら…。新・クラシック音楽譚『ラプソディ・イン・レッド』

マンガ

公開日:2023/5/15

ラプソディ・イン・レッド
ラプソディ・イン・レッド』(あみだむく/白泉社)

 自分のことをわかってもらえない。それは酷く苦しいことだ。なにを伝えても曲解され、色眼鏡で見られてしまう。そんなことが続けば、ましてや「もはや当たり前のこと」になってしまえば、誰だって孤独感に苛まれていくだろう。でも、その孤独感から抜け出すための方法があったとしたら――。

ラプソディ・イン・レッド』(あみだむく/白泉社)の主人公である大河寅雄も、常に周囲から誤解されている人物だ。高校生の寅雄はとても正義感が強い。それは人々から支持されるような長所になり得る特性だが、本作においては真逆に働く。たとえば寅雄は、カツアゲや路上生活者狩りの現場を見過ごすことができない。目の前で理不尽な目に遭っている人がいれば、後先考えず、首を突っ込んでしまう。もちろん、喧嘩になることだって辞さない。その結果、寅雄はいつだって、「またお前か」と言われてしまう。

ラプソディ・イン・レッド P9
©あみだむく/白泉社

 そう、寅雄はその正義感ゆえにトラブルに首を突っ込んでしまうだけなのに、周囲からは「いつも問題を起こしている人物」というレッテルを貼られているのだ。そのレッテル貼りには、寅雄が「血のつながらないシングルマザーに育てられている」という環境も関係しているかもしれない。いつだって世間は、社会は、“ふつう”からはみ出た人のことを勝手に決めつけてしまうから。

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 だから寅雄は孤独だった。「誰にもわかってもらえない」ことを当たり前のこととして受け入れ、状況を好転させようともしない。もう、諦めてしまっているのだ。そんな態度が、唯一そばにいる母親との間にも埋められない溝を作り上げていた。

ラプソディ・イン・レッド P14
©あみだむく/白泉社

ラプソディ・イン・レッド P15
©あみだむく/白泉社

 しかし、寅雄の人生に転機が訪れる。それは「ピアノを弾くこと」だった。近所に住むピアニスト・治郎の手引きによって、ピアノに触れることになった寅雄は、その奥深い世界へと一歩ずつ足を踏み入れていくことになる。楽器の音色というものは、演奏者の思いを如実に表す。だとしたら、ピアノを通してなら、本当の自分を伝えられるのではないか、わかってもらえるのではないか――。胸の奥に湧いてきた期待を握りしめ、こうして寅雄は、孤独な世界から抜け出すためにピアノ演奏に情熱を傾けていくのだ。

 第1巻では寅雄がピアノに目覚めていくさまが中心に描かれているが、ハイライトになるのはやはり、初めて人前で演奏するシーンだろう。その客席にいたのは、寅雄の母親。血がつながっていないことから微妙にすれ違っていた母親に対し、寅雄は本心を込めた演奏を披露する。

ありがとう
お母さんになってくれて

ラプソディ・イン・レッド P164-165
©あみだむく/白泉社

 この寅雄の思いが届くシーンは、圧巻の演出とともに描かれている。本作はマンガだが、それなのに、一コマ一コマから寅雄の弾くピアノの音色が聴こえてくるような迫力を持つのだ。さらに演奏後に会場が沸く様子は、読んでいて鳥肌が立つくらいだった。マンガで音楽の素晴らしさを伝えるのは決して容易なことではないはずなのに、本作ではそれが見事に表現されている。

 第1巻のラストは、寅雄が音大に興味を持つところで締められる。とはいえ、音大受験は非常に難関だ。幼少期から厳しい音楽の訓練を受けてきた者たちと闘うことになる。ぽっと出の寅雄がそれをクリアできるのかどうか。それが今後の読みどころになるのだろう。

 孤独だった少年が見つけた、「ピアノを弾く」という道。その先にはさまざまな困難が待ち受けていることが予想できるが、それでも寅雄なら大丈夫。そう信じながら、追いかけていきたい音楽マンガの誕生である。ちなみに現在、人気声優の岡本信彦さんを起用したスペシャルPVも公開されている。ピアノに情熱を注ぐ寅雄に、岡本さんが声で命を吹き込んだPVを鑑賞すれば、本作の世界観がさらに楽しめるはずだ!

文=イガラシダイ

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