​​「事務次官=キャリア官僚の憧れ」のはずが、若手からは「セレモニー屋」と呼ばれ…!? 経済ジャーナリストが迫る『事務次官という謎』​

社会

更新日:2023/7/7

事務次官という謎 霞が関の出世と人事
事務次官という謎 霞が関の出世と人事』(岸宣仁/中央公論新社)

​​ 日本の官僚制度の頂点に輝く事務次官。各官庁の最高位である事務次官は「エリート中のエリートであり、官僚の上に立つ政治家からも一目置かれる存在」だという。しかし、そんなエリート中のエリートたる事務次官が果たしてどのような役割を担っているのか、よくわからないという人も多いのではないだろうか。本書『事務次官という謎 霞が関の出世と人事』​(岸 宣仁/中央公論新社)​では、この事務次官に焦点を当て、その存在意義と問題点に迫っていく。​

​​ この本によれば、日本に官僚制度が設けられて以降、​​137年​​間にわたって名称の変遷はあったものの、その本質はほとんど変わっていないという。国家行政組織法では事務次官の役割を「その省の長である大臣を助け、省務を整理し、各部局及び機関の事務を監督する」と定めている。​

​​ こういわれても事務次官の具体的な仕事内容はよくわからない。しかし、“出世すごろく”を一歩一歩進んでいくことが何よりも優先されるキャリア官僚にとって、事務次官はめざすべき最後の到達点であり、最高の栄光を象徴するポストなのだ。本書に登場する現役官僚の中堅幹部もこう述べている。「やはり官僚をめざした以上、事務次官は心のどこかで一度は夢見る世界」。一方、若手官僚のひとりは「あれは所詮、セレモニー屋ですよ(略)要するに、大いなる名誉職というところかな」とも語っている。​

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​​ そんなよくわからない存在である事務次官の中で、記憶に残る​​人物​​といえば、女性記者に対するセクシャルハラスメント騒動で辞任した福田淳一元財務事務次官である。女性記者に胸を触らせるように迫るなど、公開された音声データで明らかになった言動は、曲がりなりにも官僚のトップである事務次官の権威と品位を地に堕とすものであり、「いったいなぜこんな人が……」と思わずにいられないものだった。実は事務次官がこのように責任を取らされるケースは珍しくない。1988年のリクルート事件で文部省(現・文部科学省)元次官が逮捕されたケースを起点にして、2019年12月にかんぽ生命に関する情報漏洩問題で総務省事務次官が更迭されるまで、約31年間に18人の次官が辞任あるいは逮捕に追い込まれているのだ。これは平均して1.7年に1人がトップポジションを去っていることになるのだが、民間企業であれば考えられないような異常事態だろう。​

​​ このように霞が関と縁がない人間からすれば謎だらけの事務次官について、著者は複数の事務次官経験者をはじめとする数多くの関係者たちへの取材や歴史をさかのぼって政界や官界の変化を詳細に追うことで、その知られざる実態を明らかにしていく。​

​​ 年次絶対主義に基づく硬直した人事制度、広がる一方の報酬の官民格差、減少の一途をたどる天下り先、国会待機に代表される過酷な労働環境、政治家への忖度を強いられる内閣人事局の存在、激減するキャリア志望の若者、根強く残る男尊女卑の風潮……。そこから浮かび上がってくるのは、官界が直面している暗く厳しい現状だ。しかし、行政の担い手である官僚機構がこうした旧態依然とした体制を守り続けていれば、日本という国そのものがさらなる衰退への道を突き進んでいくことは避けられないだろう。​

​​ そこで著者は官僚制度の改革と事務次官のあり方について、海外との比較などを通して具体的な提案を展開する。それは読者に日本の行政制度について新たな視点と示唆を与え、今の日本が抱える根本的な問題点についてさらなる理解を深める一助になるはずだ。​

​​文=橋富政彦​

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