スマホなしで待ち合わせした時代があった。「団塊ジュニア世代」の視点から日本の過去50年を振り返るノンフィクション【書評】

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更新日:2023/8/9

1973年に生まれて 団塊ジュニア世代の半世紀
1973年に生まれて 団塊ジュニア世代の半世紀』(速水健朗/東京書籍)

 1973年生まれのライター・速水健朗の『1973年に生まれて 団塊ジュニア世代の半世紀』(東京書籍)が著者の同世代史を綴った本だと知り、即刻落手した。74年生まれの筆者には、他人事として片づけられない内容だと踏んだからだ。実際、目次をぱっと見るだけで、興味をそそられるキーワードが満載である。ゲーセン出入り禁止、家庭用ビデオデッキの登場、イカ天とホコ天、コインロッカーへの乳児廃棄、ロス疑惑と三浦和義の逮捕、24時間営業のコンビニ、宮沢りえと『サンタフェ』、ドーハの悲劇、『あいのり』とロンドンブーツの恋愛のぞき番組、等々。

 73年やその前後の世代はこれまで、ロスジェネ(ロストジェネレーション)世代、第2次ベビーブーマー、団塊ジュニアなどと括られてきた。筆者は以前、香山リカが自著の書名でも使っていた「貧乏クジ世代」という括りに共感した。バブル真っ盛りの中で青少年時代を過ごしたが、いざ社会に出るとバブルは崩壊し、その尻ぬぐいをさせられる。また、同世代の人口が多すぎて、受験でも就職活動でも、競争することを教え込まれて育った。

 一方、速水氏は本書を通じて、日本社会、メディア、生活の変遷に着目し、その内奥に迫っている。ゆとり世代、さとり世代などにもそういう面があるが、著者は、自分たちがロスジェネ世代と十把ひとからげにされ、「ああ、あの世代ね」と安易にレッテルを貼られることに違和感を覚えている。そして、綿密な時代考証と微に入り細を穿つ記述によって、そうした一元的な見方に疑義を呈しているのだ。

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 本書で取り挙げられている「同世代あるある」で最もピンときたのは、73年世代が“待ち合わせ”をしていたほぼ最後の世代だった、ということだ。1980年に連載されていた漫画『めぞん一刻』では、待ち合わせに「ま・めぞん」なる店を指定された女性が、「豆蔵」で待ち続け、互いに置いてけぼりを食らうシーンがある。携帯電話もポケベルもなかった時代、恋人や友達の家の電話番号を暗唱していたというのも、今考えればちょっと信じられないほどだ。

 そして、そんな状況を一変させたのが、コードレス電話だと速水氏は言う。ラジカセでもウォークマンでもパソコンでもなくて、皆が欲しがるのはコードレス電話だったというのだ。これは90年ぐらいの状況だが、それ以前は電話が一家に一台、リビングに置かれていて、とてもじゃないがリラックスして話せる環境ではなかったのである。

 筆者は高校時代、警察官の父親を持つ女性と交際していたが、さすがに最初は電話するのに緊張した。プリンセスプリンセスというバンドの「ダイアモンド」という曲には、〈幾つも恋して順序も覚えてKISSも上手くなったけど 初めて電話する時にはいつも震える〉という歌詞があるが、この曲の発売は89年。コードレス電話の普及に間に合わなかった時代を象徴するように、こうした歌詞が生まれたわけだ。

 もっと身近な話だと、家電の話題が分かりやすい。88年に連載が始まった岡崎京子の漫画『ジオラマボーイ・パノラマガール』(マガジンハウス)は、80年代の都市空間が舞台。主人公のおしゃれな女子高校生ハルコは〈フリルのついたでんわカバーとか花柄のポット〉が〈ダサい高度ケーザイ成長センス〉であり〈この家をショーチョーしている〉〈ゼツボー的〉と断罪する。

 なお、花柄のポットが誕生したのは67年。自由に絵柄を選べるようになった時代の象徴ともされていた。ハルコはその後、母親へのあてつけに柄なしのシンプルなポットを買ってくるのだが、ほぼ同時期に、余計な装飾を排した商品がウリの無印良品(当初は西友のプライベートブランドだった)が台頭してくる。これは単なる偶然とは思えない。

 またかつてのネーミングの奇怪さには驚く、というか笑ってしまった。2001年頃にCM効果もあって普及した「写メ」という言葉だが、他にあがっていた候補は、パ写メール、画メール、画ビーン、画チョーンなど。本書によれば、「写メ」も2010年に死語となったそうだ。流行語には賞味期限があり、栄枯盛衰すら感じさせることがある。この辺りの言語の推移については、酒井順子氏の名著『うまれることば、しぬことば』(集英社)でエッセイ風に語られているので、ご一読をお勧めしたい。

 しかし一度は凋落したものの、一周まわってヒットした商品もある。筆頭は昨今大人気のアナログ・レコードで、米国では昨年、レコードの売上枚数が1987年以来初めてCDを上回った。日本も同様の傾向があり、CDショップが潰れるも、アナログ専門店は賑わっている。先述の『ジオラマボーイ・パノラマガール』が映画化された際、女子高校生たちは小沢健二のアルバム『LIFE』のアナログ盤を貸し借りしている。

 また、レコード盤の時代は、ダビングなどのためにカセットテープが行き渡った時代でもある。レタリングでMy Best Selection的なカセットテープを作ったり渡したりしていたのは、今思うとそうとう恥ずかしい。

 だが、昨今は、アナログ・レコード興隆と歩調を合わせるように、純然たる新作をカセットテープでリリースするミュージシャンも多い。エコ意識の高いZ世代が古着を好んで着るように、世代がひとまわりして、逆に新鮮に映るという構図がより増えるかもしれない。

文=土佐有明

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