精神科の医療者は患者に依存することがある? 医療者と患者の理解を深め、“メンクリ”の正しい知識が学べる漫画

マンガ

公開日:2023/9/14

こころのナース夜野さん
こころのナース夜野さん』(水谷緑/小学館)

 最近、SNSのトレンドワードでよく「メンクリ」を目にする。「メンクリ」とはメンタルクリニック、すなわち精神科病院を指すのだが、クリックすると精神疾患で悩んでいる人の投稿だけではなく、誤った知識でメンタルクリニックについて述べている内容もあった。

 私も精神疾患を患ったことがあり、今も睡眠障害などに悩まされていてメンタルクリニックに通っているため、素人の中では、比較的精神疾患に関する知識はあるのかもしれない。ただ、医療者や専門家ではないので、メンタルクリニックに通い、医師が学会などで得た知識を教えてくれたり、日本で認可されている薬の資料を広げたりしている姿を目にするうちに、根拠のない情報を信じることの恐ろしさについて考えるようになった。だからこそ、エビデンスの明記されていないSNSの投稿を見ると少し暗い気持ちになる。

 取材と調査を重ねたうえで、わかりやすく精神疾患について知りたい。そう思っている人におすすめしたいのが、2022年11月に最終巻となる6巻が発売された『こころのナース夜野さん』(水谷緑/小学館)である。この漫画は夜野さんという女性が、精神科病棟に看護師として働くところから始まり、彼女がさまざまな精神疾患を持つ患者と関わりながら、最後にある決断をするまでを描いている。

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 どの巻も最後のページを見れば、作者が、多くの精神疾患に関する仕事、もしくは活動をしている組織や個人に取材をしながら、その内容をもとにフィクションとして本作を描いていることがわかる。フィクションとはいえ、綿密な取材やリサーチのもとで成り立っているからこそ、本書に登場する心が苦しい人たちに感情移入ができるのだと思う。

 精神疾患を持つ患者たちはみな、特別な人間ではないし異常者でもない。私は本書を読むたびに、生きているすべての人たちが、人生の局面で精神疾患を患う可能性があることを実感する。内容はシリアスだが、柔らかい画風とこまやかな心理描写によって、読みながら心が癒されることも多かった。

 そして最終巻(6巻)。精神病棟の患者でもあった私ですら、考えたことのないあるエピソードが含まれていた。そこでは精神科で働く医療者の苦しみが描写されていた…。

 このエピソードで中心となるのは、主人公で看護師の夜野さんである。患者と一定の距離を置こうとしつつも、彼らのケアをしたいと願う真面目な彼女は、患者との関わり方に悩み、自らが苦しむようになるのだ。そんな夜野さんを見て、同じ精神病院に勤める医師が「医者のための自助会」に彼女を誘う。医師や看護師などの医療者も人間だ。精神疾患を患う患者に対して、どのように接するのが最適なのかわからず、毎日のように葛藤しているのだ。

 それは、患者のひとりである私の盲点でもあった。精神科に勤める医師も看護師も人間だ。自分と同じように苦しい思いをすることがある。当然の事実なのに、私たち患者は、医療者は完璧であってほしいと望んでしまう。

 精神科の医療者は、患者を救う側の立場として、決して彼らと深く関わり過ぎてはいけないと知人の看護師から聞いたことがある。患者が医療者に依存して、医療者も患者に依存してしまい精神を病む可能性があるからだそうだ。この状態は共依存と呼ばれ、厚生労働省のe-ヘルスネットによると「依存症者に必要とされることに存在価値を見いだし、ともに依存を維持している周囲の人間の在り様」と書かれている。

 ただ医療者の場合難しいのは、突き放し過ぎても、患者の病状が悪化する可能性があることではないだろうか。

 医療者も人間であり、精神を患った人をどうケアすれば良いのかという問いに最適解はない。

 たとえば、知人からこういった話を聞いたことがある。

「昔、精神疾患で苦しんでいる友だちがいて、精神病棟に入院していたのだけど、病状が落ち着いたから退院許可がおりたんだよ」

 ところがその友人は退院した翌日、自ら命を絶ったそうだ。

 ほかにも6巻は育児うつの男性が登場したり、精神疾患で他害行為(殺人)に及んだ人たちが入院したりするエピソードが収録されている。後者のエピソードでは、犯罪の加害者には「医療観察法(心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律)」があるのに、医療者による被害者(遺族を含む)支援はないという社会問題も突き付けられている。

 1巻では新人だった夜野さんも、6巻では4年目になった。さまざまな患者と出会い、時には別れ、医療者の心の苦しみをも知った彼女が最後に選んだ道まで見届けてほしい。

 今も精神科病院はハードルが高いと思われてしまいがちだ。心の苦しい人が精神科に行く。それが当たり前の世の中になってほしいと、本作を読み終えた今、あらためて思う。たくさんの人にこの漫画を最初から最後まで読んでほしい。誰も「心の病は自分とは関係ない」と言い切ることはできないと、知ってほしい。

文=若林理央

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