「17年待った甲斐があった!」京極夏彦「百鬼夜行シリーズ」最新作に圧倒されたファンが魅力をたっぷりと解説

文芸・カルチャー

更新日:2023/9/15

鵼の碑
鵼の碑』(京極夏彦/講談社)

 第一報を聞いた時、耳を疑った。歓喜に全身が震えた。京極夏彦による大人気シリーズ「百鬼夜行シリーズ」、その最新作がついに発売されるというのだ。その名も『鵼の碑』(京極夏彦/講談社)。というか、ファンならば、17年前からそのタイトルは知っていただろう。初めてタイトルが発表されたのは、2006年に刊行された前作『邪魅の雫』の巻末予告でのこと。その後も、サイドストーリー集『百鬼夜行 陽』などで、その内容が匂わされ、ファンたちは「いつ発売されるのか」「早く読みたい」とずっとその刊行を待ち続けてきたのだ。

「百鬼夜行シリーズ」は、1994年に刊行された『姑獲鳥の夏』から始まる長編推理小説シリーズだ。戦後間もない昭和20年代の日本を舞台に、古本屋「京極堂」店主であり、武蔵晴明神社の宮司である陰陽師・中禅寺秋彦が妖怪に関連して起こる不可解な事件を解決していくこのシリーズは、おどろおどろしくもコミカル、そして、壮大。ミステリーであり、妖怪小説であり、民俗学や史学、論理学、哲学の視点が絡んでくる唯一無二のストーリーは、1作目から30年を経ても今もなお多くの人から愛され続けている。また、刊行のたびに話題になるのが、その本の分厚さだ。どの巻も「鈍器」「レンガ」などと形容されるほどの分厚さなのだが、それは、単行本と講談社ノベルスの2バージョン刊行される最新刊も同様。単行本で1280ページ、講談社ノベルスで832ページ。そのあまりのボリュームに、重量的にも体力的にも「前作から17年分歳をとった自分に読み切れるのだろうか」と心配する声もある。だが、ひとたびページをめくれば、そんな不安は霧消する。なんという没入感なのか。元々のファンだろうと、シリーズ未読だろうと関係ない。誰もが時間を忘れて貪るようにこの物語を読み進めることは間違いないだろう。

 最新刊『鵼の碑』はあらゆる人物の視点で綴られていく。たとえば、日光のとあるホテルに逗留している座付き作家・久住。彼は、ホテルのメイドから受けた「父親を殺したことを思い出した」という奇妙な告白に困惑させられている。メイドから逃れるようにフラフラと外に出た彼が出会ったのは、久住と同じホテルに泊まっている小説家の関口。思わず、その告白について相談すると、関口は、「そういう問題なら」と、ともに日光にやってきた友人を紹介しようとする。また別の視点は、薔薇十字探偵社を訪ねた薬局勤めの女性従業員・御厨。彼女の依頼は、行方不明になった勤め先の店主を探したいというもの。失踪直前、店主は20年前に事故死した父親の死に疑問を持ち、調べを進めていたらしい。「碑が燃えている」という不可解な言葉を残して消えた彼はどこに行ってしまったのだろうか。さらなる別の視点は、無骨な熱血刑事・木場。彼は元相棒の老刑事から聞いた20年前芝公園で突如消えた3つの他殺体についての捜査を進める。その他にも、ある学僧は光に惑わされたり、ある女は死者の声を聞こうとしたり。さらには公安の影が見え隠れして…。

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 ああ、このゾクゾク感を待っていた。次々と提示される蠱惑的な謎。あらゆる人物が語る奇怪な物語がどう結びついていくのか、なかなか見えてこない。だが、“京極堂”こと、中禅寺秋彦が登場すれば、物語は大きく動き始める。不可解な事件の真相はどこにあるのだろう。まさか、この世のものではないものの仕業?! いや、そんなはずはない。京極堂はキメラの如き様相を示す“化け物の幽霊”をいとも容易く祓ってくれる。怒涛の勢いで繋がっていく物語と、回収されていく伏線。好奇心を刺激する蘊蓄。大胆すぎるトリック。「この世には不思議なことなど何もないのだよ」。久しぶりに聞いたその台詞にどうして痺れずにいられようか。

 読み始める前は、この本の分厚さを不安にさえ思っていたのに、気づけば、読み終わるのが惜しくて惜しくてたまらない。そして、読み終えた後、しばらく鳥肌がおさまらなかった。もっとこの妖しげな物語の世界にどっぷり浸っていたい。「17年待った甲斐があった」——心からそう思わされるこの傑作に、是非ともあなたも圧倒されてほしい。

文=アサトーミナミ

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