ゴキブリはなぜ人を恐怖に陥れるのか。私たちの日常にある“恐怖の正体”を解き明かす

文芸・カルチャー

公開日:2023/9/21

恐怖の正体―トラウマ・恐怖症からホラーまで
恐怖の正体―トラウマ・恐怖症からホラーまで』(春日武彦/中央公論新社)

人の数だけ「恐怖」がある。何かを見て、何かにふれて怯えるのはおそらく本能によるものだろう。世の中で無数にある「恐怖」と、正面から向き合う書籍が>『恐怖の正体―トラウマ・恐怖症からホラーまで』(春日武彦/中央公論新社)だ。事例は多岐にわたるが、その「考察」はどれも“ゾワゾワ”して仕方ない。

カサカサと動き回る「ゴキブリ」が生む恐怖

 多くの人に忌み嫌われる昆虫と聞いて、真っ先に思い浮かぶのが「ゴキブリ」だ。

 その字面だけでも無理…とする人には申し訳ないが、本書にあるとおり「腕っ節の強そうな男性であろうと、夜中に部屋の電気を点けたら床にゴキブリが一匹いた、といったシチュエーションでたちまち恐怖に駆られる」というのも容易に想像がつく。

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 著者は、ゴキブリと対峙したときの感情は「いったいどのようなことだったのだろう」と考えた。

 遭遇した瞬間、ともすれば人間を「挑発」するかのように「デタラメ」に這い回るあの動き。イメージは「不潔」以外になく、仕留めるのに失敗して逃せば「睡眠中のわたしの身体を這い回ったり、半開きの口の中を覗き込むかもしれない」という恐怖も抱かせる。

 おまけに「三億年前から地球上に棲息している」とも言われる「圧倒的な生命力」もある。そんなゴキブリを前にして「わたしは自分が無力のカタマリでしかないことを思い知らされる」という著者の独白には、ただただ、共感せざるをえない。

集合体恐怖はみんな大好き「いちご」にまで及ぶ

 本書にある「Trypophobia」とは、いわゆる「集合体恐怖」を指す。一時期、ネットでは人体に「ハスの花托(丸い穴の集合)」をあしらった合成写真“ハスコラ”も流行ったが、「カエルの卵」や「フジツボ」など「ブツブツしたもの」の密集にも、抵抗をおぼえる人がいる。

 集合体に対する恐怖のかたちも、人それぞれだ。多くの人を笑顔にする果物「いちご」を「食べられない」という著者の独白も、理由を知ると納得する。

 本書で、いちごには「茶色くかたいつぶつぶ」が「何粒も何粒も何粒も何粒も何粒も……」へばりついていると描写する著者の思いは相当で、「あのかたいつぶつぶをひとつずつ、爪楊枝の先でほじり出して赤い果肉をすっきりさせてやりたい衝動を抑えるのに苦労する」とまで述べている。

 意外と見過ごしているだけで、人それぞれの感じ方次第で「おぞましい集合体」は世の中にいくつもある。恐怖をおぼえる人たちにとっては、切実な問題だと気付かされるのだ。

 これらのテーマに限らず、本書では多岐にわたる恐怖の対象を扱っている。ぼんやりとした「恐怖の正体」を、みずからの体験と照らし合わせながら伝える著者の表現もまた、本書ならではの醍醐味だ。

文=カネコシュウヘイ

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