大蛇になった女が人を焼き殺した? 美しい顔立ちのオカルトマニアが「思考実験」をもとに事件を解決する新感覚ミステリー!

文芸・カルチャー

公開日:2023/10/2

ミナヅキトウカの思考実験
ミナヅキトウカの思考実験』(佐月実/産業編集センター)

 科学的な思考と、オカルトめいたものは、水と油、空と海。相対するもので、決して混ざり合わないものだと思い込んでいた。だが、時にはそれらは溶け合い、とんでもないシナジーを生み出す。そんな新しい体験ができる本が、第一回黒猫ミステリー賞を受賞した『ミナヅキトウカの思考実験』(佐月実/産業編集センター)。思考実験とは、科学者や哲学者が行う、頭の中だけで推論を重ねながら考えを深める実験のこと。「シュレディンガーの猫」が代表例だといえば、イメージがつきやすいだろうか。本書で描かれるのは、そんな思考実験と、怪異譚の掛け合わせ。それは、私たちを見たことのない新しい世界へといざなってくれる。

 主人公は、水崎大学数学科の神前裕人。大学入学直後、火の気のない街中で突如女性が燃え出すという不可解な殺人事件の目撃者となった彼は、警察から嫌疑をかけられ、強い不安を感じていた。そんな裕人は、刑事に促されるがまま、自身が通う大学の怪異研究会に足を運ぶ。そこで出会ったのは、哲学科2回生、オカルトマニアの水無月透華。長いまつげと、胸までかかった黒く艶やかな髪、白く繊細な肌に整った美しい顔立ち。少女とも大人の女性とも取れぬ不思議な雰囲気の透華に出会ってからというもの、裕人の日常は大きく変化し始めて……。

 水無月透華は、とにかく変人だ。彼女は裕人と出会って早々「マクスウェルの悪魔」の話を始める。「マクスウェルの悪魔」は、スコットランドの物理学者・マクスウェルが提唱した思考実験。たとえ均一な温度の気体でも、個々の分子の運動、速度はバラバラであり、速い分子と遅い分子が混在しているから、もし、これを仕分けることができる存在がいれば、温度差を作り出せるのではないかという思考実験だ。なるほど、裕人が目撃した「突然女性が燃え出した」という事件は、女性の温度だけが急激に上がり、周囲との間に温度差が生まれないと起こり得ないから、「マクスウェルの悪魔」ならば説明ができるのか!?

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 では、それを引き起こした犯人は誰なのかといえば、今度は透華は、歌舞伎や能の演目「道成寺」でも名高い「安珍・清姫伝説」の怪異・清姫が今回の事件の犯人に違いないと言い出す。清姫は、僧侶・安珍に恋焦がれ、裏切られたと知るや大蛇となって、最後には道成寺の鐘の中に逃げ込んだ安珍を焼き殺したと言われているが……。実際に事件を目撃し、それに悩まされている裕人は当然「ふざけているのか」と激怒。だが、その数日後、裕人は警察から聞かされる。透華が犯人を特定し、事件を解決したということを。

 怪異と思考実験を結びつけて論を展開するからと言って、透華は決してふざけているわけではない。ただ本物の怪異に会いたくてたまらず、不可解な事件が巻き起こると、すぐに「怪異の仕業ではないか」と勘繰ってしまうのだ。だが、あれこれと思考実験を重ねるうちに、彼女の明晰な頭脳は、その事件の犯人が単なる人間であることに、不本意ながらも気づいてしまう。なんてユニークなキャラクターなのか。最初はその独特の論理展開に圧倒させられながらも、気づけば、事件を解き明かす度に落胆する彼女の姿が愛おしくてたまらなくなる。

 突如燃える女だけではない。棺の内側から響く物音や目だけくり抜かれた死体など、透華は、あらゆる事件と向き合っていく。どうして透華がそんなにも執念深く怪異を追い求めるのかといえば、その裏には驚きの理由が……! 怪異を追い求める彼女の思いを知るにつれて、いつの日か透華が本当に怪異と出会う日が来てほしいと願ってしまう。世の中に巻き起こる無数の事件の中のひとつくらい「この世ならざるもの」による犯行があってもおかしくはないのかも? 透華の奮闘を見るにつれて、ついそんな思考を巡らせてしまうのは、きっと私だけではないだろう。

文=アサトーミナミ

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