ダ・ヴィンチ編集部が選んだ「今月のプラチナ本」は、宮内悠介『ラウリ・クースクを探して』

今月のプラチナ本

公開日:2023/10/6

今月のプラチナ本

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?

 ※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2023年11月号からの転載になります。

『ラウリ・クースクを探して』

●あらすじ●

記者の〈わたし〉が探しているのはソ連時代のエストニアに生まれた無名の男性、ラウリ・クースク。黎明期のコンピュータ・プログラミングに魅了された彼は、親友のイヴァンやカーテャと共に充実した日々を過ごしていた。だがソ連は崩壊しエストニアは独立、彼らは時代の波に翻弄された。いま、ラウリはどこにいるのか? 〈わたし〉は彼の生まれた村や職場を巡り、ラウリの半生を追い始める。

みやうち・ゆうすけ●1979年、東京都生まれ。デビュー作『盤上の夜』で2012年に日本SF大賞、『彼女がエスパーだったころ』で吉川英治文学新人賞、『カブールの園』で三島由紀夫賞、『あとは野となれ大和撫子』で星雲賞(日本長編部門)をそれぞれ受賞。『偶然の聖地』『黄色い夜』など著書多数。

『ラウリ・クースクを探して』

宮内悠介
朝日新聞出版 1760円(税込)
写真=首藤幹夫
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編集部寸評

 

人生のハイライトなんて逆算できない

なんとカッコいい小説だろう。無名の人物を追いかけるメタフィクションでありながら、歴史書としての顔も持ち合わせたしたたかな一冊。そうした企みとの出会いに喜びを感じたのもつかの間、土地や時代が持つてごわいムードに緊張が走り、第二部のラストにうっとり。ただの「偽史」ではこうはいかない。この小説は問いかけるのだ。例え世間的には無名でも、目の前にいる〈彼〉を見出すのはあなた自身だと。〈筆者〉がラウリの心の音を探求したように、物語のぬくもりは大切な人の胸で待つ。

川戸崇央 本誌編集長。①『呪術廻戦』特集はスクランブル交差点の写真から企画②ゼロイチスクールの受講応募が開始(詳細次頁)。12月、会場で待ってます。

 

歴史に名を残さない天才の人生賛歌

ラウリ・クースクはザ・理系の天才。幼少期から、時間があれば脳内で数字を数え続け、紙があれば数字を書き続け、PCがあればプログラミングで新たな世界をつくり出し続ける。最初は異分子であった彼の特質は、次第に社会的に評価される才能となり―それゆえに時代に揉まれ引き裂かれ、やがて「ただの、歴史に翻弄された一人の中年の親父」となる。しかしそんなことで、ラウリの才能の価値は1ミリも減りはしない。歴史に名を残さないまっすぐな魂の断片が美しく瞬く人生賛歌。

西條弓子 歴史に翻弄された天才プログラマの話というと映画『Winny』も傑作でした。ところで念願の短歌特集が実現。めっちゃおもしろいので読んでください!

 

何者にもなれなかった人生はない

プログラミングの天才と呼ばれ、ライバル関係にありながらも友情を育んできたラウリとイヴァン。二人には輝かしい未来があったはずだが、歴史に翻弄され大きく狂いはじめていくさまが描かれる。葛藤と挫折を味わってきた、元天才少年のリアルな物語。ラウリとイヴァンの友情もそうだが、ラウリとアーロンの関係もまた格別だ。何にでもなれると思っていた幼少期を経て、何者にもなれなかった……わけではない。英雄でなくても、どんな人生にも歴史と重みがあるんだと気付かされる。

久保田朝子 夏の終わりに、北海道へ行ってきました〜。東京と全く変わらないほどの暑さで、ビックリしました。日本中どこにいても暑いとは……。

 

この本の中に、ラウリが生きている

エストニア人とロシア人である主人公たちは、国の違いや独立運動に巻き込まれながらも、プログラミングの技術によって繋がり、友人になる。「ぼくと同じような世界を見る子」を探したラウリの人生とイヴァンの行動は、数字とデータは国家の枠組みを超える力を持てること、そして国家間にしがらみがあったとしても、“人間として”お互いに友情・愛情を築くことができるのだと示してくれる。また、本書第二部の最後には驚かされた。ぜひ実際に手に取って、この感動を味わってほしい。

細田真里衣 先日、「紙博」というイベントに行きました。会場を埋め尽くす包装紙! 和紙! メモ帳! 便箋! 素敵な紙との出合いに感謝。ここが天国か。

 

英雄ではない“ひとり”の物語

ラウリ・クースクは英雄ではない。本作で描かれるのは、時代に翻弄された“ひとり”の物語だ。エストニアに生まれ、プログラミングに非凡な才能を持っていたラウリ。夢に向かい邁進していた彼の人生は、ソビエト連邦からの独立の機運が高まってから大きく変わり始める。切磋琢磨した友人との別れ、意味の見いだせなくなった大学進学……。「わたし」とともにラウリの足跡を辿りながら、今もどこかにいる、英雄ではない“ひとり”たちの物語へと思いを巡らせずにはいられなかった。

前田 萌 干しイチジクが美味しい。小腹を満たすのにちょうど良く、お酒のおともにもぴったり。今年の秋はドライフルーツを開拓しようと思います。

 

誰もが歴史を作っている

多くの人に名の知られている偉人でなくとも、歴史を形作る上で必要不可欠な存在はいる。「ラウリ・クースクは何もなさなかった」。本書の“主人公”であるラウリは冒頭でこのように語られている。彼の半生は、エストニアを舞台に、その歴史に翻弄されながら、ひっそりと強かに描かれていく。その後、世界から注目される電子国家となったエストニアの背景には幼いころからプログラミングの才能を持つラウリの存在があった。歴史に名が残らなかった人たちを掬いとる優しい一作。

笹渕りり子 最近の在宅ワークのお供は、料理を作る音や食べている咀嚼音をただひたすら聴くASMRの動画。心は安らぎますが、同時にお腹も空きます。

 

本当にフィクションなのか?

と、思わず奥付や文献を確認してしまう。一人の「何もなさなかった」男の生涯を追う伝記という体裁が取られた本著では、時代に翻弄された彼が直面した出来事や心の機微がリアルに、細やかに描かれ、真に迫る。しかも、扱っている題材はプログラミングにソ連崩壊とあまり身近なものではないにもかかわらず、その描写によってどんどん物語に引き込まれていく。こんな読書体験はなかなかない。テーマを遠く感じても、各所に工夫の凝らされた本著を、ぜひ最後まで読み通してみてほしい。

三条 凪 “身近ではない”などと言いつつ通っていた大学はプログラミングが必修でした。ラウリが覚えた感動に私は出合えなかったと思うと、ちょっと悔しい。

 

なんでもなくていいんだ

本書はある国家の歴史書であり、熱い友情物語でもあり、プログラミング技術の発展を描いた作品でもある。そんな壮大なテーマを背景に、描かれるのはラウリという様々なことに迷い続ける、ごく普通のなんでもない男性の足取りだ。だが、それがいい。誰がどんなすごいことを成したか、どんな突飛な生涯を送ったかを語るのも重要である一方、ただ人が生きて、そこに存在したという事実もりっぱに語られるべき歴史だ。自分の曖昧な生き方がすこし肯定されたような気持ちになった。

重松実歩 短歌特集を担当。高校生のときに与謝野晶子の歌と出合ってから、ずっと短歌が大好きです。短歌に囲まれた校了作業は、めちゃくちゃ幸せでした。

 

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