『時をかける少女』の筒井康隆、最後の作品集。筒井作品を読んだことのない人こそ読んでほしいと思った理由

文芸・カルチャー

更新日:2023/12/1

カーテンコール
カーテンコール』(筒井康隆/新潮社)

「引退」という言葉で一番に思い浮かぶのは、ジブリの宮崎駿監督だ。彼は1997年に製作した「もののけ姫」の会見でも、2001年の「千と千尋の神隠し」でも引退宣言をしており、また2004年の『ハウルの動く城』でも「最高の辞め時」と話していた。しかし実際には引退はせず、2023年7月に「君たちはどう生きるか」を公開したばかりだ。これが異例というのも不思議な話だが、今回の会見ではなんと引退宣言はせずに、次回作に意欲的だという。

 天才創作者の頭の中は、本当にわからない。

 そして、1993年から3年3か月の断筆宣言を実施したことのある筒井康隆もまた、引退をほのめかす発言で世間をざわつかせてきた小説家であった。2015年には『モナドの領域』(新潮社)を「最後の長編小説」として発表し「もう書くことはない」と言っている。しかし、引退はせず、2021年に『ジャックポット』という短編集を刊行し「最後の短編集」と表現しているのだ。

advertisement

 そして2023年11月に発売されるのが『カーテンコール』(新潮社)だ。本人曰く「これがおそらくわが最後の作品集になるだろう」とのことで、「読者を愉しませることに主眼を置いた、エンターテインメント色の強い作品ばかり」が集まった掌編小説集となっている。

 最後の作品にして、実は、これまで筒井康隆を読んだことのなかった人にこそ読んでほしいと思う理由が、まさにエンターテインメント色の強さにあるのだが、まだまだ理由は他にもある。まずはジャンルについて。ドタバタ、SF、グロテスク、恐怖、怪談、感動、私小説、語感重視など、筒井康隆を象徴するオールジャンルが取り揃えられているのだ。さらに短編よりも短い6ページくらいがメインの掌編小説のため、とても読みやすい。いわば筒井康隆作品の入り口になり得る掌編小説集なのだ。本書を読んで好きなジャンルがわかれば、次読むべき筒井作品もやすやすと見つけられるだろう。

 本書に含まれるいくつかの短編を紹介する。

ドタバタ・恐怖を感じられる「羆」

 山から町に下りてきたヒグマを退治するために、奮闘する老人と思われる男のセリフだけで進行していく異色短編。「ズンドコ芋」という食えばクマももだえ死ぬという架空の植物をと鉄砲を武器に、立ち向かおうとするが、あまりの恐怖に失禁してしまい……。

しっとりした怪談を描く「お時さん」

 仕事帰りの道中、公園の奥になぜか森があることに気がつき入ってみると、なぜか赤提灯をさげた居酒屋に出くわす。入ってみれば、昔通っていた銀座にあった店「重松」と内装が同じで、お時さんという美しい店主も同じだった。その話を「重松」にいっしょに通ったことのある同僚2人に話すと「森に居酒屋なんてあるわけがないし、お時さんなんて人いたっけ?」と首を傾げる……。

ドタバタでオチに唸らされる「楽屋控」

 ある作家が映画に出ることになり、他の俳優や女優が多くいる大部屋の楽屋で撮影待ちをしている時の話。ある助監督の当たりがなぜかやたらと厳しく、何時間も待たされる撮影の合間に仕事をしたり本を読んだりしていると「役作りをしてくれ!」と叱られる。憤慨した作家は、ある痛快な仕返しを思いつく……。

突然挟み込まれるグロテスクなブラックユーモアの切れ味が凄まじい「夢工房」

 その老人ホームに入居した老人たちの、これまで叶えられなかった各々の夢を、周囲の老人たちが叶えてあげるという話。男に愛されたかったという元力士の爺さんの夢や、大名になりたかった婆さんの夢が叶えられていく。ところが、左右義足の婆さんの夢があまりにグロテスクだったのだが、現場では終始にこやかに物事が進行しており、それが余計グロテスクさを引き立てている。

リズム・語感重視で、社会への強烈な違和感を綴った「コロナ追分」

 小気味の良いリズムと語感でコロナについて言いたい放題書き散らした異色の短編だ。このリズムの良さは、最後の短編集『ジャックポット』の実験的な文章にも通じるところがある。誰もが不謹慎を恐れておいそれと口にできなかった「コロナ」について、作家だからこそ言わねばならぬ、と作者の声を語感良くリズム感のある歌のような文章に乗せることで、真面目過ぎる日本人の性質を皮肉っている。

 そうした様々なジャンルの掌編がある中、特に異色なのが、次の2編である。

これまでの小説家人生を振り返る、引退のための身辺整理を思わせる2編

プレイバック

 これまで筒井康隆が書いた小説の登場人物や、小説に関連する人々と、筒井康隆を思わせる主人公「おれ」との対話を軸に進行する短編だ。『時をかける少女』や『パプリカ』なども登場する。特に面白かったのは『日本沈没』(小松左京/光文社)のパロディ『日本以外全部沈没』に対する、小松左京のセリフ。

“おれの『日本沈没』の、たった三十枚のパロディで儲けやがって”

 読んだことのある作品が出てくれば共感できて嬉しく、まだ読んだことのない作品について書かれていれば「読もう」と思わせてくれる独特のプロモーションである。

カーテンコール

 幕切れの後の舞台挨拶の意味がある「カーテンコール」。榎本健一など、特に筒井康隆自身が好きだった、あるいは影響を受けたような人間を集め、とっかえひっかえやって来させては語らせ、昔の映画などを振り返る会話のみで構成されている。最後には、日曜洋画劇場の解説を32年間務めた「さようならおじさん」こと、淀川長治さんのセリフで締められる。

“それではまた、お会いしましょうね、さようなら。さようなら。さようなら。”

 実はこの2編については、最後の長編小説『モナドの領域』を書いた際の2016年のインタビューで、この作品を書いたら引退できるだろう、とすでに触れられていることも記しておく。

 しかし、「最後の作品」ということに、ことさら寂しさを覚える必要はない。50年以上書き続けてきた名作が、潤沢にあるのだから。

 1965年に本格デビューした作家で、ここ5年間で刊行したものは『ジャックポット』だけということもあり、実はこの『カーテンコール』で筒井康隆を知ったという若年層もいるのではないだろうか。とすれば、本書を入り口に筒井康隆の小説に入ってくる人も少なからずいるはずなのだ。このジャンル豊富でエンターテインメント性を重視した掌編小説集には「新参者歓迎のための配慮」という狙いもあるのではないだろうか?

 幕切れの挨拶から始まる舞台も、かえって新鮮、皮肉がきいていていかにも筒井康隆っぽくて面白いかもしれない。このオールジャンルを内包し、エンターテインメント性を重視した本書を皮切りに、過去の名作を遡ってみるのはいかがだろうか。

文=奥井雄義

あわせて読みたい