この秘密は、誰にも理解されない――幽霊が見える消防士による、孤独な闘いを描いた『神命のレスキュー』

マンガ

PR公開日:2023/11/1

神命のレスキュー
神命のレスキュー』(キリエ/白泉社)

 誰にも理解されない「秘密」を抱えながら生きていくのはつらい。その秘密を持つからこそできることがあるなら、なおさらだ。秘密を打ち明ければ協力を得られるかもしれないけれど、理解不能と拒否されるリスクもある。それならば、たった一人で秘密を抱え、闘うほうがマシなのではないか――。

 そんな葛藤を抱きながら、消防士として人を救うことに命をかける青年がいる。『神命のレスキュー』の主人公・叶之助だ。

 叶之助はとても真面目だが、不器用な性格の持ち主。大規模火災や交通事故の現場で求められる「チームで動くこと」が、上手くできない。ときには命令を無視し、独断で動いてしまう。

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 たとえば、子ども病院での火災事故が描かれる第一話。現場に向かった救助隊は、一人でも多くの人たちを救うために奔走する。そんななか、叶之助は「もう誰もいない」と見なされたフロアに固執する。まだ要救助者がいるはずだ。だから隈なく状況確認しなければいけない。もちろん、チームの面々は叶之助を止める。それでも叶之助は命令を聞かない。

神命のレスキュー

神命のレスキュー

 どうして彼はここまでルールを守ろうとしないのか。それは叶之助の抱える“秘密”に理由がある。実は叶之助には、「幽霊が見える」能力があったのだ。事故現場にいる幽霊たちは、まだ生き残っている者の存在を叶之助に知らせてくれる。あの子を、どうか助けてほしい、と。

神命のレスキュー

神命のレスキュー

 幽霊たちの声に耳を傾ける叶之助は、あらゆる現場で生き残る人たちを救っていく。ろう者の少年が巻き込まれてしまった交通事故では、その母親の幽霊に習って手話で少年とコミュニケーションを取り、出口の塞がれてしまった解体中の建物のなかでは、大怪我を負った作業員の父親の幽霊に導かれるようにして、人知れぬ出口を見つけ出す。そうやって叶之助は、可能な限り“全員”を助けていく。

 ただし、彼の秘密を知らないチームメイトからすれば、その行動は身勝手極まりないものでしかない。もしかすると、他のチームメイトまで危険な目に遭わせてしまうかもしれない。だから叶之助の行動は、“間違っている”のだ。

 でも、命令に従うことが“正しい”ことだとしても、幽霊の声を信じ、生き残りを独断で探すことが“間違っている”としても、叶之助は自分の信念を曲げられない。そこに助けられる命があるのだから。

 本作で描かれる叶之助の姿は、とても孤独だ。たった一人で秘密を抱え、闘っている。その活躍ぶりに胸が熱くなるのは事実。でも同時に、途方もない孤独とともに生きる叶之助を見ていると、切なさも覚える。消防士としては間違っているかもしれないけれど、人としては正しいことをしているのに、誰からも理解されないなんて……と。

 第一巻のラストに収録されたエピソードでは、そんな叶之助に小さな変化が訪れる。はなから「誰にも理解してもらえない」と他者を拒絶するのではなく、「信じてくれるかもしれない」と希望を見出す道もあるのかもしれない。叶之助はそんな僅かな希望を手にするが、それと引き換えにとても大きなものを失ってしまう。あまりにもつらく苦しいその結末は、ぜひ単行本でたしかめてもらいたい。

 繰り返すが、叶之助は孤独だ。しかし、孤独になることのつらさを知っているということは、仲間を得たときの喜びや心強さを誰よりも実感できるということでもある。そして第一巻のラストエピソードには、そんな予感も滲む。

 果たして、叶之助は本当の意味での仲間を得られるのか。唯一無二の消防士として輝けるのか。切なさと温かい予感を入り混じらせながら、本作の続きを追いかけていきたい。

©キリエ/白泉社

文=イガラシダイ

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