恋愛小説の名手が聞いたリアルな12の「修羅場」――人類永遠のテーマ、男と女のケーススタディ

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公開日:2023/10/30

男と女 恋愛の落とし前
男と女 恋愛の落とし前』(唯川恵/新潮社)

「他人の男」を奪い続ける44歳。何不自由ないのにPTA不倫におちた51歳。余命1年、夫と友人の不倫を知った74歳。この並びを見て、「ひどい」「最低」「悲しい」と思って心をシャットアウトすることもできますが、少しでも興味を持った先に思うのは、「なぜ」「いつ」「どうやって」ということでしょう。実はこの3人は、2001年に『肩ごしの恋人』(集英社)で直木賞を受賞した恋愛小説の名手・唯川恵氏が、12人の女性への取材をもとに「修羅場の恋愛学」を論じた『男と女 恋愛の落とし前』(新潮社)の中に登場する人物たちです。

 本書がとても特徴的なのは、唯川氏が作家業を通じて形成してきた強固な「自分の基準」が貫かれている点です。修羅場を経験したインタビュー対象者を目の前にした場合、ともすれば取材をスムーズに進行させるために取材者が同調、同情、共感してしまうようなことも少なくありません。

 唯川氏はときに「それは不倫する人の典型的な言い訳だ」「主語が全部自分で、自分のことしか考えていない」「ただただ呆れてしまう」と強く言い放ちながら、正直なありのままの感情を本書に書き綴っていきます。たとえば、冒頭で紹介した「他人の男を奪い続ける44歳」へのインタビューはこのように展開されています。

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なぜ、他人の恋人を奪ってしまうのだろう。
「自分でもうまく説明できないんですけど、気が付くとそうなってしまうんです。友人に言われたことがあります。それは恋愛ではなくて、ただ他人のものがよく見えているだけだって。自分の方が女として上だというマウントを取りたいだけなんでしょって言われたこともあります」
実に的確な指摘である。

 本書はインタビュー対象者の衝撃的な発言も読み応えがありますが、12人をそれぞれラッピングするかのように書かれた地の文で、絶妙なリズムがつくり出されている点もさりげなくユニークです。地の文は大きく分けて「心の声」「発言」「発言と心の声の中間」の3タイプに分かれていて、あくまで筆者の予想ですが、たとえば先に引用した一節では「なぜ、他人の恋人を奪ってしまうのだろう」が心の声(この心の声に続いて何かしら別の言葉で質問がおこなわれた)、「実に的確な指摘である」が心の中でもそう思ったし、実際そのように口に出したのではないかと思います。この予想があっているかは著者に聞かないとわかりませんが、読んだ人によって、それぞれのリズムで著者の立場にスッと入り込んで「ラッピング」の手伝いをさせてもらえるような文体になっています。

「恋愛って事故に遭うようなものじゃないですか」と、もしインタビューしている女性が発言したとき、「悪びれずに自慢気にそんなこと言って」「あなたの見る目がないから、他人のものばかりほしくなるんじゃないですか」とは相当肝がすわっていないと言えないものですが、「読む」ことでそのような返しをズバッとしたかのような気持ちになる読書体験につながります(ズバッと言うことでスカッとするタイプの人は、本書が大のお気に入りになる可能性が高いと思います)。

 聞いてばかりではなく、著者は自分の人生のことも簡潔に、でも深く書き綴っています。特に近年様々な媒体で話題になる「子なしの葛藤」についての著者の見解は多くの読者を勇気づけるもので、下記のような深い洞察があるからこそ、12人の話を受け止められるのだと納得しました。

もし今、結婚して幸せかと問われれば「おかげさまで」と答えるようにしている。しかし、そんなわけはない。日々、葛藤である。結婚はひとつの戦いであることも知った。「禍福は糾える縄の如し」。まったく昔の人はうまいことを言う。
結婚して幸せに生きている女性も知っているし、結婚して不幸と嘆いている女性も知っている。独身で幸せに暮らしている女性も知っているし、独身を不幸と嘆息する女性も知っている。
結局、どちらを選ぼうと、幸も不幸も付いて回るものなのだ。

 ヒリヒリするような「男と女」のリアルな証言を覗き見てみたい人、あるいは、自分の偏見や思い込みを吹き飛ばしたい人にオススメの一冊です。

文=神保慶政

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