発掘された〈キリストの乳歯〉は本物か? 人類史を覆す発見と東京・青ヶ島での転落死をつなぐ糸とは? 考古学的ロマンあふれるミステリー大作!

文芸・カルチャー

PR公開日:2023/11/8

聖乳歯の迷宮
聖乳歯の迷宮』(本岡類/文藝春秋)

 1980年代に作家デビューを果たし、ミステリーを中心に活躍してきた本岡類氏。だが、母親が要介護認定を受けたことを機に介護職に就き、その経験を生かした著書を執筆するなど、近年はミステリーの世界から離れていた。

 そんな本岡氏が、極上のエンタメ小説を携えてミステリー作家として再始動した。〈キリストの乳歯〉が人類史を揺るがす、考古学的ロマンにあふれた『聖乳歯の迷宮』(文藝春秋)。まさに王の帰還というべき、堂々たる復活が頼もしい。

 事の起こりは、イスラエル・ナザレ郊外で羊皮紙に包まれた乳歯が発掘されたことだった。現場は、イエス・キリストの生家だった可能性がある住居跡。発見者である夏原圭介が分析したところ、この歯はイエスが生きた約2000年前のものだと判明する。さらに驚くべきことに、乳歯から検出されたのはホモサピエンスとは異なるDNAだった。宗教学者たちは「人類とは別の存在、すなわち神の遺伝子だ」と色めき立ち、世界中に大きな衝撃が広がることとなる。人々の信仰心はにわかに高まり、教会に通う人が増えた結果、献金額も急増。科学の発達により陰りを見せつつあったキリスト教は、DNA解析という科学の力によってふたたび威光を取り戻すことになる。

advertisement

 だが、科学雑誌記者の小田切は、謎の乳歯の存在に疑念を抱く。乳歯は遺伝子操作され、何者かによってイエスの生家に埋められたのではないか。乳歯発見で莫大な利益を得たキリスト教団体が仕組んだのではないか。そう考えた小田切は、乳歯の発見者であり大学時代の友人である夏原に問い合わせるが、その考えは一蹴されてしまう。夏原いわく、最新の技術を用いても、乳歯の遺伝子操作は不可能。そのうえ、乳歯の入った箱は石灰岩の下に眠っており、いわば密室状態にあったという。つまり、これは「神が作った密室トリック」。となれば、イエス・キリストは本当に神の子だったのだろうか。釈然としない思いを残したまま、謎はさらに混迷を深めていく。

 しかも乳歯の謎が深まる中、新たな事件も発生する。小田切と夏原の大学時代の仲間である沼が、崖から転落して死亡。現場は八丈島の先にある青ヶ島であり、沼は源為朝の「鬼退治」伝説を追っていたらしい。彼は青ヶ島で何を見つけようとしていたのか。小田切は、〈キリストの乳歯〉に加え、沼の転落死についても調査を進めることになる。

 イスラエル・ナザレの〈キリストの乳歯〉発掘騒動と、東京・青ヶ島での変死事件。この2つの事象の関連は? 時間と空間を大きく移動しながら読者の興味を引き続け、迷宮へといざなっていく手腕はさすがの一言だ。指先ほどの遺物が世界に波紋をもたらし、社会が宗教偏重へと大きく傾いていくダイナミズムにも圧倒される。

 考古学、科学、宗教学、民俗学──。さまざまな要素を詰め込みつつも、難解でも衒学的でもなくエンターテインメントとして読者を大いに楽しませてくれる本書。推理作家・本岡類氏の復活作として、壮大なスケールの本格ミステリーとして、ぜひとも手に取っていただきたい一冊だ。

文=野本由起

あわせて読みたい