落ちこぼれサラリーマンが見せる意地。原発潜入ミッションは成功するか?

小説・エッセイ

公開日:2013/2/18

火神(アグニ)を盗め

ハード : PC/iPhone/iPad 発売元 : 文藝春秋
ジャンル:小説・エッセイ 購入元:電子文庫パブリ
著者名:山田正紀 価格:540円

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やはり面白い。レビューを書くため久しぶりに読み返し、つい時間を忘れてしまった。面白いはずである。舞台はインド・中国国境の土地、ランキーマに建つ原子力発電所だ。神話の火の神の名前をとって「アグニ」と呼ばれているその発電所に、スパイでも特殊部隊員でもない日本のサラリーマン・工藤が、爆弾を取りのぞくために潜入する、というのが主たるストーリーである。

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なぜ一介のサラリーマンがそんな重要ミッションを背負わされることになったのか。それについては作品本文を読んでいただくとして、CIAと中国諜報機関が火花を散らす国際謀略の世界。そこに平凡なサラリーマンが巻きこまれてゆく取り合わせに、なんともいえぬアンバランスな面白さがある。

工藤とともにこのミッションに挑むのは、落語界の大御所を父にもち、いまなお噺家に憧れている桂正太。英語コンプレックスに悩まされている万年係長の仙田徹三。仕事はできないが名うての女たらしである左文字公秀。いずれも工藤と同じ総合商社に勤務する、パッとしないサラリーマンたちだ。これに社長の命を受けたトラブルシューター・須永洋一を加えたわずか5人のメンバーで、はるかインド奥地にそびえる原子力発電所に潜入することになるのだが…さて、結末やいかに。

 

何らかの欠陥を抱えた男たちの冒険行は、どこか『オズの魔法使い』を思わせる切なさを漂わせており、息もつかせぬアクションの連続をさらに盛りあげる。「想像できないことを想像する」という言葉をモットーに掲げてきたSF作家、山田正紀が若干27歳にして放った熱気あふれる冒険小説の傑作。未読の方はぜひ読んでみるといい。損はさせない。

最初から最後まで、名シーンが多すぎるくらいだが、とりわけ陰謀に巻きこまれたと知った主人公・工藤が、対する中国人諜報員に向かってタンカを切るシーンがいい。

「サラリーマンを甘く見るんじゃない。なにがプロだ。殺しに熟達しているからといって、しょせんスパイなんか滓だ。まっとうに生きてるサラリーマンに勝てるはずがない。滓がまっとうなサラリーマンに勝てるものか」

すべての人たちよ、もっともっと怒れ。若い作者のそんなメッセージが聞こえてくるようだ。山田正紀の初期作品は多くが入手困難だが、電子版ならある程度の数、読むことができる(それでもまだまだ少ないのだが)。本書を入口に、『地球・精神分析記録』などのSF、『人喰いの時代』などの本格ミステリ、『50億ドルの遺産』などの冒険小説にも手を伸ばしてもらえると嬉しい。


目次より。漢字2文字で揃えられたタイトルに痺れよ

原子力発電所「アグニ」周辺図

「アグニ」内部の図面。警戒厳重で立ち入るのは難しい

サラリーマンの怒りが爆発!工藤が吼える