フィンランドでの寿司職人、激務だった経験と失業を語る。「北欧こじらせ日記」シリーズ最新作で学ぶ困難の乗り越え方

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更新日:2024/1/18

北欧こじらせ日記 フィンランド1年生編
北欧こじらせ日記 フィンランド1年生編』(週末北欧部chika/世界文化社)

 自分の夢を叶えたい。多くの人がそう願い、日夜努力している。一方で夢を叶えた後、その先に連なるのはハッピーエンドではなく、新たな険しい道だ。思いがけない困難に直面することもあれば、つかんだと信じた夢そのものが、手からするすると逃げていくこともある。中には「好きなことを仕事にするべきじゃなかった」と挫折する人もいるかもしれない。

 コミックエッセイと文章のコラムで構成されている『北欧こじらせ日記 フィンランド1年生編』(週末北欧部chika/世界文化社)は、フィンランドに住みたいという夢を抱いていた作者が、多くの困難や寄り道をも自分の糧にして、ようやく夢を叶えたその後のことが描かれている。

 なお、「週末北欧部」とは作者が日本にいたころ、休日に少しでも北欧を味わいたいと考えて作った、大人になってからの部活動を指していて、「北欧こじらせ日記」シリーズは刊行されるたびに人気を博している。読者は北欧が好きな人だけではなく、キャリアに悩んでいる人も多い。作者の経験からキャリア形成のヒントを得られるのが特徴的なシリーズでもあり、前巻までは作者がフィンランド移住を志した理由や、北欧と関連のない企業で働いたり中国赴任をしたりと、客観的には作者の夢と関係のないような出来事もすべてプラスにして、さまざまな場所で出会った人の言葉を大切にしながら、寿司職人としてフィンランドで働くことが決まるまでの長い道のりが描かれている。

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 そうやって夢を叶えたはずの作者だったが、最新作となる本書では、冒頭からフィンランドに来て1年後に失業、履歴書を書き直しているという衝撃的な事実が明かされる。ページをめくると、時はさかのぼりフィンランド移住直後に。そこからの1年間、作者の身に起きた出来事や出会った人たちのことがこまやかに描かれる。失業するだいぶ前の移住直後も、作者にとってフィンランドでの生活は予想外の出来事の連続だった。ふたつ例を挙げたい。

 ひとつ目は移住して数か月後のことだ。作者はまだフィンランドの職場から給料をもらっていなかった。なぜならフィンランドでは銀行の口座開設に非常に時間がかかるからだ。ふたつ目は寿司職人として働いている最中のことだ。同僚が2人退職したにもかかわらず上司からお寿司のメニューの数が倍になると告げられ、作者は激務のなかストレスを抱えてしまう。ヨーロッパは休暇が多く長時間労働をしないイメージがあるが、忙しく働き、寝ている時もモヤモヤしてしまう作者を見ると、ヨーロッパ=ラクな働き方ができるという先入観が、自分の中にあると気づかされた。またこのエピソードは、作者のみならず、夢を叶えてハッピーエンドとはならない人生そのものをも表している。

 しかし本書には悲壮感がない。なぜなら、日本にいたころと同様に作者が知り合った人の言葉ひとつひとつを大切に胸にしまいこみ、これまでの経験と重ね合わせて自分の生き方をあらためて見つめ直すヒントにしているからだ。仕事で気持ちがモヤモヤした時も、同僚とコミュニケーションをとる勇気を出せば解決につながっていく。これはフィンランドで得た作者の新たな学びだった。

できないことはできないと言っていいし、思ったことは正直に伝えあってもいい。きっとそれは長期的にみてチームのためにもなるし…ベッドでのうむむな時間も減らしてくれる。

 また、作者にとっての学びは新たに得たものだけではなかった。疲れて休みをとったある日、自分のサードプレイスと呼んでいる小さな島で作者は自分の昔の日記を開く。そこには誕生日なのに風邪をひいて会社を休んだ日に書いた「頭が冴えないのは、疲れのサイン。ちゃんと休もう」という一文があった。

 過去の学びが今の進歩につながっている。それを自覚した作者を見て、私もネガティブな出来事があった時、次からそれをなくしたり緩和させたりする方法を考えて、メモをとろうと決めた。私は社会人になって15年経つので、これまでを振り返りつつ過去の学びを言語化して書いても良い。それは困難にぶつかった時や仕事で迷ったり疲弊したりした時に、自分のための大切な言葉になるかもしれない。

 本書で特に私が印象に残っているのは、夢を叶えたら人生が何もかも変わるというわけではないと作者が気づくシーンだ。そんな時も作者は、フィンランドで出会った人たちの生き方を先入観のない目で真っすぐに見つめ、「夢」を新たにとらえ直す。

夢の場所に来たら自動的に理想の暮らしが手に入るわけじゃない。
理想の暮らしは…自分自身で作るものだったんだ。

 夢を叶えれば理想的な暮らしが待っているはずだという期待が裏切られた時、それに失望するのではなく、挫折や落胆をきっかけに新しい人生を作るのが作者の生き方であり、これはすべての人にとって再現性のあるものだろう。夢が叶わなくても叶っても、思い通りにいかない出来事は襲ってくる。しかしそれをどうとらえるか。周囲の人たちの言葉を大切に記憶に残して、その生き方を知るのは、なぜ重要なのか。本書を読むと作者の人生が自分とリンクする感覚になり、つらさも失望も、自身のこれからの人生に生かせるのではないかと思えてくる。

 そして本書の冒頭に描かれた、突然の失業という、気持ちだけでは乗り越えられない外的要因が、毎日懸命に頑張っていた作者に襲いかかる。当たり前のことだがフィンランドでは日本人は外国人、つまり長期滞在をするにはビザがいる。ビザの許可がおりなければ不法滞在になってしまうので帰国しなければならない。作者は、移住後ほどなくしてフィンランドでの生活を続けられるか不透明な状態になってしまったのだ。このピンチにどう対応していくのか、最後まで読んでぜひ見届けてほしい。

文=若林理央

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