「男は強くあらねばならない」の呪縛が男性の性暴力被害に蓋をする。男性に対する性暴力を、誤解を解きながらひもとく『男性の性暴力被害』

社会

公開日:2024/1/2

男性の性暴力被害(集英社新書)
男性の性暴力被害(集英社新書)』(宮﨑浩一、西岡真由美/集英社)

 マスメディアの報道姿勢も厳しく問われることになった、ジャニー喜多川氏による性加害問題。その検証番組でフジテレビの報道局長が「男性に対する性被害への認識が著しく低かった」と述べたように、この問題が放置されつづけた背景には、「被害者が男性だったから」という理由もあるだろう。

 では、男性の被害が「なかったこと」とされてしまいやすいのは一体なぜなのか。この問題に深く切り込み、なおかつ一般読者にも読みやすい新書の形で発表されたのが『男性の性暴力被害』(宮﨑浩一、西岡真由美/集英社)だ。

 著者の2人は臨床心理士、公認心理師。宮﨑浩一氏は男性の性被害を研究する研究者で、西岡真由美氏は男性の性暴力被害のカウンセリングも行ってきたカウンセラーだ。そして本書では、男性の性暴力被害の実態、その心身へ及ぼす影響、不可視化の構造、被害からの回復と支援の在り方が詳細に綴られている。

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「男らしさの呪縛」が被害者を追い詰める

 本書の特徴と言えるのは、男性の性暴力被害の問題の背後にある「社会的に構築された『男らしさ』の呪縛」に着目している点。そして、その「男らしさ」のステレオタイプから生まれた数々の誤解を、エビデンスを示しながら否定していく点だ。

 その誤解とは、たとえば「男性は性暴力被害に遭わない」「遭ったとしても女性ほど傷つかない」「女性が加害者だったらラッキーだ」「肉体的に反応したら、その行為を望んでいる」といったものだ。

 本書では、国立研究開発法人産業技術総合研究所の概算として、「1年間に7万2000人余りの男の子が何らかの性暴力被害に遭っている」というデータを紹介するなど男性の性暴力被害の実態を丁寧に解説。男性被害者にもPTSDやうつといった心身の症状が現れる点にも触れているし、女性が加害者だとしても男性が心に負う傷は「大変破壊的なもの」だと分かる調査結果も紹介している。

 そして性被害に遭った際、仮に勃起や射精といった身体的な反応が起きても、「それは梅干しを見て唾液が出るような生理的な反応」であり、被害者が行為を望んでいるかどうかとは無関係とも綴っている。

 男性も性暴力被害に遭うし、女性の被害者と同じように大きな傷を負う。

 この、「考えてみれば当たり前のこと」を非常に丁寧に解説している点に、本書の価値はあると感じる。この問題は、世の中の多くの人が「考えずに済ませてきた」ことであり、そうした社会状況が被害者をさらに追い込んできたからだ。

 実際に本書を読んでいると、「え、そうだったの……?」と驚いてページを繰る手が止まってしまうことが多い。「加害者に女性もいるの?」という段階で立ち止まって考えてしまう人もいるだろう。筆者も「男性の性暴力被害は、まず男性という点で典型からずれがあり、『女性化』されます」「同性愛が差別されるために、性暴力被害が同性愛の問題として排除されている」といった文章に触れて、「えっと、どういうことだ……?」と考え込んでしまった。

 本書は非常に平易な日本語で書かれており、上記に引いた文章もその前後をじっくり読めば理解できるものだ。それでも理解するのに時間がかかってしまうのは、筆者自身の身にもさまざまなステレオタイプが染み付いていたからだと感じた。

男が「性差別構造の強者」にいる状況こそが問題

 本書は「男性も性暴力被害も女性の被害者と同じように大きな傷を負う」という点を踏まえたうえで、男性の被害には男性の被害特有の事情や傾向もあることを綴っている。たとえば男性は性暴力被害に遭っても、そのことを誰にも・どこにも相談しない人が女性以上に多く、その傾向は内閣府・男女共同参画局の調査結果でも示されているそうだ。

 そして男性が被害を打ち明けられない背景にも、やはり「社会的に構築された『男らしさ』の呪縛」が関係しているケースがあるという。

 その「男らしさの呪縛」とは、たとえば「男は強くあらねばならない」「男性は問題が生じたときに人に頼ってはいけない」「男性は怒り以外の感情は露わにしてはいけない」といった考え方だ。

 そして男らしさが求められる世界では、性暴力被害を打ち明けても、「あいつオカマ掘られたんだって」と笑われたり、加害者が女性の場合は「あいつ女に痴漢されたんだって」「え、羨ましい」とネタにされて消費されたりする可能性もあるという。これは、悪い意味での“体育会系的なノリの集団”を想像すれば、実にあり得そうなことだと理解できるだろう。

 こうした「社会的に構築された『男らしさ』の呪縛」が存在する状況は、被害者をさらに追い詰める一方で、加害者に有利に働く(告発のリスクが減り、自らの責任を追及されるリスクが減るため)。だからこそ、男性の性暴力被害の問題は、社会全体が向き合わねばならないことなのだ……と本書を読むと理解できるはずだ。

 なお本書は「男性の」性暴力被害に着目して論を進めているが、女性の存在を無視しているわけでは決してない。女性の性暴力被害が男性よりはるかに多いことは冒頭近くで触れられているし、次のような文章もある。

性暴力が人の尊厳への侵害であることを社会に訴え、社会の意識を変えてきたのは女性たちでした。男性の性暴力被害も、そのような流れがあってこそ、見いだされ、少しずつ問題意識が共有されつつあります。
『男性の性暴力被害』より

 男性の性暴力被害を“男性差別の問題”のように扱うことを否定し、「性差別構造の強者として男性がいられる仕組みこそが問題」と指摘している点でも、本書は非常に重要な視座を提供している。

文=古澤誠一郎

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