全国の書店員100人が感動!33歳で突然のがん宣告…闘病する青年と家族の「生きざま」の物語

文芸・カルチャー

PR公開日:2023/12/2

きのうのオレンジ
きのうのオレンジ』(藤岡陽子/集英社文庫)

 人間は、いつどこでどういう理由で死ぬのか、その死にざまを選ぶことはできない。だが、どんな生き方をするのか、生きざまは自分次第だ。ときに人は理不尽とも思える死に方でこの世を去らなくてはならない。だけれども、死ぬ寸前まで、自分らしく生き抜くことはできる。突然、病が分かり、自分の命の終わりが見えた時、あなたなら何を思い、残りの人生をどのように生きるだろうか。

きのうのオレンジ』(藤岡陽子/集英社文庫)を読むと、「自分はどう生きるべきか」を考えずにはいられなくなる。この本で描かれるのは、わずか30代でがん宣告を受けた青年の姿。辛く悲しい「闘病記」だと思って読み始めると、この物語に満ち溢れた優しさに驚かされることだろう。長年医療現場に立ち続けてきた現役看護師・藤岡陽子さんは、まるで本当にひとりの患者に寄り添うかのように、ありありと姿を描き出していく。その力強い姿には圧倒されずにはいられないだろう。

 物語の主人公は、都内のレストランで働く笹本遼賀、33歳。ある時、胃に不調を覚えた彼は検査の結果、医師からがんの宣告を受けた。「どうして自分が」と遼賀は絶望する。だが、そんななか、郷里・岡山で暮らす弟の恭平から届いた荷物が彼の気持ちを変えた。送られてきたのは、中学生の時、恭平と吹雪の山で遭難した時に履いていたオレンジ色の登山靴。遼賀は、遭難した時、どれほど心細かったのかを思い出す。だけれども、あの時、自分は逃げ出さなかった。懸命に生きようとしていた。登山靴によってどうにか気持ちを奮い立たせた遼賀は、自分の病気と懸命に向き合おうとする。

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 この物語は、ページをめくればめくるほど、読む人の心を優しい気持ちで満たしてくる。それは、この物語が闘病記でありながらも、「死」と向き合うこと以上に、「生」と向き合うことを描き出しているからだろう。描かれるのは、死にざまではなく、生きざま。そして、その中心にいるのが、遼賀という青年であるということが、温かさの根源だ。遼賀はこれといった取り柄がある人物ではない。しかし、「リモコンの5の部分についている小さな突起」と形容されるような、目立たないけれども周りから頼りにされる、みんなの基準点のような人物だ。ただ毎日を丁寧に、誠実に生きてきた彼は、どんな時でも、自分のことよりも、他人のことを思いやろうとする。恐怖や不安、後悔。あらゆる感情を飲み込み、自分の人生を前向きに受け入れようとする遼賀の姿が、私たちの胸に迫る。

「弱音を吐かない人は、いつだってたったひとりで闘っている」——だけど、悲しいほどひたむきな遼賀は本当はひとりではない。たくさんの人たちが彼のことを見守り、ともにそれぞれが遼賀の病と闘っている。特に心揺さぶられるのは、遼賀とその弟・恭平の関係。兄は弟を、弟は兄を慕い、気遣い、励まし合う。かけがえのない相手として、互いが互いを支え合い続ける。遼賀の家には実は秘密があるのだが、だからこそ、兄弟の絆は強い。「うちの家族の仲の良さは、客観的に見れば普通じゃないと思う。でもそれは、両親やおれたち兄弟がそれぞれ、そうありたいと願い続けてきたからなんだ」。遼賀はそう語るが、もしかしたら、家族であろうと、そうでなかろうと、人と人とを結びつけるのは、一人ひとりの強い意志なのかもしれない。意志が私たちの人と人との関係を、私たちの人生を意味づけていくのかもしれない。そして、恭平をはじめとする大切な人たちに囲まれながら、自分の過去を振り返りながら、遼賀は気づいていく。「おれは、おれらしく生きてきたのだ」と。

 この物語には、100人あまりの全国の書店員が心震わされたという。読めば、それに納得。この物語のオレンジの光は、私たちの心をそっと照らし出す。それはポカポカと温かい。私たちをどこまでも静かな感動に満たしていく。生きるとは何か。死ぬとは何か。大切な人の葛藤を前に、家族として、友人として、できることは何か。「自分らしく生きねば」と思わせてくれるこの作品は、感涙必至。きっとあなたにとってもずっとずっと忘れられない1冊となるだろう。

文=アサトーミナミ

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