舞台は川崎。“川底”を意味する『リバーベッド』で描く、地獄でもがく少年の物語

マンガ

PR更新日:2024/3/12

リバーベッド
リバーベッド』(磯部 涼:原作、青井ぬゐ:漫画/講談社)

「リバーベッド」とは「川底」のことだ。善悪の判断のついていない子供たちが集まったそのコミュニティでは、力のあるものが弱いものから日常的に多額の金銭を搾取し、かなわないときには集団で殴る蹴るの暴行を加える。ときに命を落とすことになったとしても気にもかけない。逃げることもかなわず、まさに「地獄」のような光景が広がっている。

 そんな閉ざされたコミュニティを「川底」と評した本作『リバーベッド』(磯部 涼:原作、青井ぬゐ:漫画/講談社)は、その壮絶な状況から逃れようと必死でもがいた少年の「これは俺が死ぬまでの物語だ」という絶大なインパクトを持ったモノローグからはじまる軌跡だ。

 父親の都合で主人公が引っ越してきた街では中学生の溺死事件の報道が相次いでいた。当初、自分には関係ない話だと思っていたが、友人と一緒に先輩の誘いについて行ったところ、川辺で酒を飲まされ、裸にされ、賭けの対象として川を泳がされることになる。慣れないアルコールのまわった体でそんなことをすればおぼれることも十分考えられる。冒頭のニュースが頭をよぎらないはずがない。

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 そのうえ10日後には10万円を用意しろと告げられる。メッセージアプリには毎日のように「入金まであと◯日」の文字が躍り、なんとかしてお金を工面しようと駆けまわる日々がはじまる。

「キレる17歳」というワードが流行したのは2000年のこと。そんな時代に比べると子供による犯罪は徐々に数を減らしてきている。しかしゼロになったわけではない。子供たちの目線から見える限られた世界では、たった10万円のために人が死ぬこともありえるのだ。

 本作の原作者は『ルポ 川崎』を書いた磯部涼先生。川崎では2015年に「中一殺害事件」と称される事件が起こっており、当時未成年だった犯人の少年の実名報道も行われた。『ルポ 川崎』でも第1話でこの事件を扱っている。そして主人公が引っ越してきた街は「川淵」という名前だ。この事件や、それが起こる遠因になった「街」自体に対する詳細な取材が下敷きになっており、高いリアリティに繋がっていることは間違いないだろう。

 そうやって作られたリアリティあふれる舞台で、主人公たちは短期間で数十万という多額のお金を稼がなければならない。強盗やひったくりなどの昔からある犯罪に加えて、育成したゲームのアカウントをネットで売るなど、現代風のお金の稼ぎかたもおりまぜアップデートされている。そうすることで今の読者にも共感しやすい構造を作り出している。

 年端もいかない少年たちが起こす陰鬱な犯罪の数々に嫌悪感を抱く人もいるだろう。しかし、本作で描かれているものは必ずしもすべてが創作され、無から生みだされたものではない。現実に類似した事件が起き、それによって犠牲になった少年がいた。そういった事実を念頭に置くと、容易にこの作品から目をそらすことなどできない。状況は多少違っても明日は我が身であることも十分考えられる。私たちはこの事実を知っておかなければならないのだ。

 そこから生まれる息苦しく切迫した気持ちは、作中の少年たちの置かれた状況に通じるものがある。いつしか少年たちと同じ気持ちで物語を追っていくようになり、そのしがらみから逃れられなくなる。胸いっぱいに新鮮な空気を吸いこむことができる日は訪れるのだろうか。ぜひ、この川底の気分を味わってほしい。

執筆:たけのこ/ネゴト

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